第20話

トークアプリで新しいグループを作成する。


グループ名は"レッドシネマ"



「・・・最高にダサい名前。」

そう呟いて少し笑いながら文字を打ち込む赤間。


"とりあえず、今日からもう撮影始めていくから今後はこっちで連絡します!まだコンちゃんしか捕まってないけどww"



5分も経たないうちに近藤から返事がくる。


"まあ頑張れば2人でも、、いや無理かww とりあえず今日は仕事だからまた夜状況教えてくれ!"



「・・・オッケー、と。」

素早く返事を打ち、再び家を出る準備を始める。



時計は15時30分になりかけている。



帽子を深く被り家を出た赤間。

最寄り駅のロータリーで待機する。



「まわし始めるか。」

カバンからハンディカメラを取り出し、電源を付けRECボタンを押し、片手で構えた。


「撮影1日目、よーいスタート。」

小さく呟いた。




16時より少し前、白い車が赤間の前に停まった。


「早く着いたわ〜!久しぶりね〜!」

勢い良く細身の女性が車から降りてくる。

女性は赤間の手をぎゅっと掴んだ。


「木村さん、今日は本当にありがとうございます!」

赤間も負けじと木村の手を握り返す。


「びっくりしたわよ〜、よかった空いてて!あ、送ってくれてありがとう〜!」

忙しなく話す木村は、後ろを振り返り運転席にいる男性に声をかけドアを閉めようとする。

「あ!」

「えっ?」

赤間の声に驚く木村。

「旦那さんですか?」

「あ、そうよ〜送ってもらったの〜。」

「・・・木村さん、もう一つお願いしてもいいですか?」


ドアを閉めようとする木村を止め、自分の方へ寄せてコソコソと話す赤間。



「え?旦那も??」

「はい、成人男性役がいてくださるとさらに良くて・・・すみません。」

「あ、そうなの!大丈夫だと思うわよ、演技は保証できないけど!」

楽しそうに笑う木村。

「いや、その辺は気にせずで!」

「楽しそうね〜!」


はしゃぎながら旦那に声をかける木村。

旦那は驚きながらも渋々了承し、車を置きにパーキングへ向かった。



再び集合した3人は静かめな喫茶店へ入る。

「じゃあ急ですみません、少し時間が無いので早速始めます。」

席についた瞬間に話し始める赤間。

ハンディカメラをテーブルの上に置き、木村の方へ向ける。


「木村さん、詳細は先ほどのお電話でお話した通りです。まず、この番号の会社に電話して、赤間の母親だと名乗ってください。私が自殺をほのめかす連絡をしてから約1時間、恐らく今回のターゲットの持田さんの耳にも届いてるはず。誰かが出たら持田を出せと騒いでください。持田さんが出たら・・・娘を自殺に追いやった人間です。憎しみを伝えてもらえたらOKです!」

早口で話す赤間。

木村は携帯を握りしめ緊張の表情をしている。

「・・・わかりました。やりましょう。」


赤間が差し出した名刺に書いてある会社の番号に電話をかける木村。


「よーい、スタート。」

再び小さく呟く赤間。


プルルルルとコール音が漏れてくる。

そして3コールもしない内にコール音が止まり、女性の声が漏れてきた。


「はい、」

「もしもし!?赤間の母ですが、持田さんいらっしゃいますか!?」

女性が会社名を言う前にすごい勢いで騒ぐ木村。

女性が受け答えに困っているのが分かる。


「早く!急いでるのよ!」

普段温厚な妻の変わりように旦那も隣で驚いている。

喫茶店内にも響く木村の声に遠くにいる店員が険しい顔で3人を見ている。

カバンからスケッチブックを取り出した赤間は、空のページに

"芝居です、少し大声出しますが気にしないで欲しいです"

と赤ペンで殴り書きをし、店員へ向ける。

店員は険しさと不思議さが混じった変な顔に変わった。



「・・・あなたが持田さん?」

その名前を耳にし、分かっていながらも今更ながらビクッとする赤間。

「・・・お電話代わりました。私、持田の上司の松原と申します。申し訳ございません。持田は今お話もままならない状態に見受けられますので、私が代わりにお話させて頂きます。」

「はあ?良いから持田を出しなさいよ!持田!持田を出せ!うちの娘に何をした!そこにいるんだろ!?人殺し!娘を返せ!!」

「・・・すみません、お母様。私共も状況が全て把握できておらず・・由理さんから最後にご連絡があったのはいつでしょうか?」

「さっきだよ!自殺するってメールが!」

「はい、すみません。弊社の由理さんと親しかった社員にも1時間前に連絡が入りまして・・・お母様に届いた連絡の詳細も伺わせて頂けますか・・・?」



"ちょっとここからは落ち着いて話しましょう"

木村の顔の前にカンペを出す赤間。

木村は真顔で頷いた。


「・・・仕事中だったから気がつかなかったけど、メールが届いていたのは14時半頃。こんな昼間に連絡してくるなんて珍しいから何かと思ったら・・・持田のいる世界ではもう生きていたくない。毎日早く楽になりたいなって思ってたけど、仕事は楽しくて、もっと働きたいって思えたから今日までなんとか生きてこれた。でももう疲れた。頭の中で真っ直ぐピンと張られた糸が切れる音がした。今は持田のいない世界に行きたいという事しか考えられない。お母さんこんな駄目な娘でごめんなさいって・・・どういう事なんですか・・・?娘に何をしたの!?どうしてこんな事になるまで追い込んだのよ!」

「・・・そうでしたか。申し訳ございません・・・持田と由理さんの間に何が起きていたか事実確認は大至急させて頂きますが、私はこれから由理さんの自宅に向かわせて頂こうかと・・・。」

「来なくていい!私が今タクシーで向かってますから!」

「あ・・・すみません・・・。」

「・・・あと20分ぐらいで着きます。もしも由理が自殺なんてしてたら・・・絶対に許しません・・・持田も・・・会社も・・・。」


そう言い終えると電話を切る木村。

迫真の演技を見せた木村の目からは涙が溢れている。


「はい、カットです。」

パンと手を叩く赤間。


「・・・はぁ〜。」

安堵の息を漏らす木村。

「君、すごい迫力だったよ。相手は相当驚いたろう。」

小さく拍手しながら頷く旦那。

「いや、本当すごい良かったです!さすがでした。ありがとうございます。」

赤間も旦那に合わせて拍手する。

「これは大変よ、赤間さん。相手は素なんだもの!面白いわぁ〜。」

木村の表情も元に戻り、アイスコーヒーをストローで勢いよく飲んだ。

「そうですよね、対応したのは松原さんでしたか?」

「そうそう、持田さんは今話せないって。」

「やっぱり。あの人はメンタルがあまり強くないので、今はパニック状態だと思います。・・・じゃあ20分後。今度は旦那さんの番です!」

「・・・緊張するなあ。うまく出来なかったらごめんね?」

ワクワクといたずら好きの子供の様な表情をする3人。




あっという間に20分が経ち、3人のコップは空になり始めていた。

「さて・・・そろそろですかね。」

何も飲んでいないのに旦那の喉がゴクッと鳴った。

「あなた、頑張って!」

「・・・あ〜緊張する。」

2人の姿を微笑ましい顔で眺める赤間。


「私、カンペずっと出しておきますから!その通りに読んで頂けたら!」

「・・・わかりました。頑張ります!」

そう言って意を決した顔をすると、木村の携帯のリダイヤルから会社へ電話をかける。

コール音が鳴る。


「では、よーい、スタート。」



コール音の後、男性の焦っている声が漏れてくる。

「・・・あ、すみません。えっと私、◯◯警察の者ですが。御社で働かれている赤間由理さんの件でお電話させて頂きました。」

旦那の手は震え、声もボソボソで逆に良い緊張感を出している。

「警察・・・あ、はい。私は赤間さんの上司の松原と申します。」


「あぁああああ!由理ぃいいい!」

木村も旦那の横で泣き叫び始める。

その叫び声に驚いた店員が、今度こそはと近づき始める。

赤間はすぐさま席を立ち、近づいて来る店員に向かって

"本番中です。後ほど謝罪させて頂きますので許してください"

と書かれたカンペと共にペコペコと何度も頭を下げる。

険しい顔をしつつも、足を動かすのを我慢してくれている店員。


「あの・・・赤間由理さんですが、たった今自宅で亡くなられているのを確認いたしまして・・・お母様が警察にお電話くださったのですが、今はとてもお話できる状況ではなく・・・こちらの番号に電話して状況だけ伝えてくれとの事でしたので・・・。」

「・・・本当ですか・・・本当に赤間は亡くなってしまったんですか?」

「・・・はい。自宅で・・・首を吊られていました・・・。」

「そんな・・・。」

「この後、◯×総合病院に搬送されますので・・・。すみません、私からお伝え出来ますのは以上です。」

「・・・◯×総合病院ですね・・・わかりました。ご連絡ありがとうございます・・・。」

「失礼いたします。」



電話が終わる。



「はい、カットです。」

赤間のその声にぷはぁっと息を吐く旦那。

「あー!緊張しました!!大丈夫でしたか?」

「バッチリです!ありがとうございます!」

「あなたやるじゃない!すごい声震えてたけど!」

「いや、逆にそれがすごい良かったです!」

「本当ですか〜・・・いや、怖かった〜。」

笑い合う3人。



「じゃあこの後は病院のシーンなので、急いで移動をお願いします!私は別行動で移動しますね!」

そう告げると3人は急いで出る支度をする。



「お会計お願いします。」

レジに伝票を持っていく赤間。

店員さんは険しい顔で赤間をジロジロと見る。

「・・・騒がしくしてしまってすみませんでした・・・。」

「他のお客様のご迷惑になりますので・・・ドラマか映画の撮影ですか?」

「あ、はい。自主制作の映画で・・・」

全く興味がなさそうに、店員はふぅんという顔をした後すぐに会計を済ませた。



赤間が店から出てくると、木村が心配そうな顔で近づいた。

「赤間さん、お店の人大丈夫だった?私思わず泣き叫んじゃって・・・。」

「あ、大丈夫ですよ!それより、急いで移動しましょう!」

「あっ、そうね!あなた、車に行きましょう!」

「よし、急ごう。」

「宜しくお願いします!」



笑顔で2人を見送る赤間。


「さて、私も急がなきゃ。」




駅の改札に向かって走り出す赤間。

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