第16話

翌朝。

いつも通り目覚ましのアラームが鳴り、気だるそうに起きる赤間。

「あー久々に飲み過ぎた、、、」

頭を片手で押さえながら身支度を整える。


出かける準備が整い鏡の前に立つ。

「今日も無事に終わりますように。」

そう呟いた瞬間に昨晩の持田の冷めきった目を思い出し、ため息をつきながら家を出る。



会社に到着する。

まだ持田が来ていない事に少し安堵する。

デスクに付き、深呼吸。

(昨日は自分の仕事は終わってたし、本来は何も問題無いはず!切り替えて今日も1日頑張ろう!)

脳内宣言を終え仕事に取り掛かる。



しばらく経ち持田が出社する。

赤間の脳内では、入り口からデスクに向かってくる持田を見かけた瞬間にベタに"ジョーズのテーマ"が流れ始めた。

(くる、、、近づいてくる、、、恐れるな私、、、!)

「あ、おはようございます」

デスクに到着した持田に対して、あたかも今気がついた様な反応で挨拶をする赤間。

「、、、」

持田は何も言わずに座り、仕事に取り掛かる。

予想通りの出来事に真顔で持田を見つめる赤間。

(やっぱりシカト攻撃だー!分かりやすすぎるー!朝の挨拶シカトは本気でありえない!)


途端に「ラジオ体操第一〜!」という男性の声と同時にラジオ体操の曲がオフィス全体に流れ始め、どこから登場したのか小学生が10人ほど現れ持田を囲む。


「「せーの!おはようございまーす!!」」

元気の良い小学生達の朝の挨拶。

囲まれてる持田の顔は大仏様に変わり、黙って上品に座っている。




ハッとする赤間。

(ああ、変な妄想してる場合じゃない、、、)

目をぎゅっと瞑ってから持田を見ると、そこには現実の昨晩に続く冷めきった顔をした持田がいた。

(、、、これはまたやばそうだ)

赤間はビクビクしながらも、とりあえず仕事を進めようとパソコンへ向かった。



昼休み。いつも通り指原とランチをする赤間。

「やばいよ、また怒ってる!」

「えっ?なんで?」

「昨日どうしても友達と飲み行きたくなっちゃって、、、」

「うん。」

「22時前に会社出ちゃったんだよね、、、」

「は?全然よくない?それでどこでキレんの?」

「いやー、前も話したじゃん?先帰ったら次の日の朝シカトされて、夜に説教タイムあったって。再びって感じ。」

「いやいや、先帰ったって言っても22時前でしょ?全然早くないじゃん!それで怒るとか持田おかしいって!」

「持田はおかしいもん!!」

思わず大きな声で言ってしまい、店内に社内の人間がいないか心配になり見回す2人。

「でも真面目にさ、そんな人とずっと一緒にいたら赤間がおかしくなっちゃうよ?」

こっそりと話す指原。

「、、、まだ耐えられるけど、本当むかつく。」

「松原さんとかさ、上の人間にチクっちゃえばいいんだよ。只でさえ今の世の中パワハラには敏感なんだからさあ。」

「あー、ニュースで見たけどこの前自殺しちゃった子いたよね。」

「いたいた。持田もああいうニュース見て気をつけなきゃとか思わないのかな?」

「思わないでしょ!だって、持田の中ではパワハラしてるつもり全く無いもん。なんなら、俺はこいつ育ててやってる!的な感じだよ。」

「あーそうかも。そんな感じするわ。」

「とにかく!シカトされてたら仕事にならないから、、、また自ら説教部屋入りするかな、、、」

「まじで大変だね、、、でも説教部屋入りしたら元通りになるんでしょ?」

「今までの経験上そうだね。」

「なんかそれも馬鹿みたいな話だよねぇ。」

「うん、、、でもその前に夕方からの打ち合わせの準備について話さなきゃ、、、」

ドヨンとした空気の中、思わず顔を見合わせ2人してため息をつく。




ランチを終え、デスクに付き仕事を再開させる赤間。

隣には恐らく昼休憩を取れずお腹を空かせているのだろう、すごい形相でメールを打っている持田。

(話しかけたくないな、、、でも準備しないと間に合わないし、、、怖がってちゃ駄目だよね。)

「あの、、、持田さん。」

明らかに気まずそうに話しかける赤間。

「はい」

振り向きもせず返事をする持田。

(かなり感じは悪いけど、一応返事はするのか、、、)

「本日の夕方からの打ち合わせの準備についてなのですが、、」

持田はピタッと一瞬動きを止める。


「あー、今日は最初の打ち合わせだから、私一人でやります」

「、、、え?」


(出た。持田の第2の攻撃。"赤間をプロジェクトから外す"攻撃。)


赤間は自分の拳をぎゅっと握りしめる。

「、、、何か至らない点がありましたでしょうか?」

「そういう話ではなくて、ただ最初の打ち合わせだから集中したいだけです。」

相変わらず持田は赤間の事を見ず、淡々と答える。

「、、、昨日のリマインドメールを出す直前までは私も出席する予定だったかと思うのですが」

(やばい、泣きそうになってきた。泣くな、泣くな、泣くな。)


「昨晩考えて決めた結果です。私の仕事なので。」





そう言い放った持田の後ろには外人の神父さんが立っていた。

「アナタ、モチダ、イカシテオケナイ。コロシマスカ?」

「はい、今すぐ殺して下さい。」

赤間は神父さんへ向かって即答する。

「ワカリマシタ。」

神父さんは返事をした瞬間にものすごい勢いで持田の心臓のあたりに手を刺した。

そして漫画の様な、持田の顔をした魂を取り出し、手に持ったまま微笑む。

ガクっと倒れる持田。

「ソレデハ、ゴキゲンヨウ」

神父さんは持田の魂と共にスーッと消えていった。





現実に戻り、俯く赤間。

(この状況はさすがに笑えない。そんなに昨日帰ったのが駄目だったの?私はこの人の意にそぐわない行動をしたら、この人の独断で仕事を減らされるのか。だとしたら、この人の思う通りにするしかないじゃないか。)







高校生の頃の赤間。

親に「映画の勉強がしたい。」と伝えている。

芸術大学の映画専攻の合格通知を手に喜ぶ。


大学生の頃の赤間。

仲間と自主制作映画を作っている。

夜な夜な友人宅で編集をしながら盛り上がる。


就職活動をする赤間。

面接で映画への想いを語っている。

今の会社の内定通知を見て泣く赤間。






ぎゅっと目を瞑りながらこれまでの事を振り返る赤間。

(こんなところで躓いてちゃ駄目だ。逆にこの人の機嫌を損ねなければ、たくさんの作品に関われるんだ。その為だったらいくらでも我慢しよう。)

赤間は何かを決心した様な強い目で顔を上げた。



夕方。

持田は会議室で楽しそうに打ち合わせをしている。

デスクに向かって静かに仕事をしている赤間。

下唇をキュッと噛む。



22時をまわった頃に持田が打ち合わせを終え、デスクに戻ってきた。

(、、、よし。)

「お疲れ様です。」

小さな声で、でもはっきりと赤間は呟いた。

「お疲れ様です。」

相変わらず持田は赤間を見ない。




沈黙の中、仕事を続ける2人。

赤間はチラっと腕時計を見ると、間も無く終電の時間だという事に気がつく。

腕時計が喋り始める。

"あんた、間も無く終電やで。帰らな。"

「なんで関西弁なの?」

腕時計を顔に近づけ会話する赤間。

"隣のオッサンに言わなアカン事あるんちゃうんか?”

「あるよ、自ら説教部屋にいくんだよ」

"やったら、はよ予定バミってさっさと帰ろうや"

「わかってる。」





「あの、、、持田さん」

帰り支度を進めつつ、話しかける赤間。

「はい。」

持田は相変わらずパソコンから視線を外さない。

「明日なのですが、少しミーティングをする時間を頂けますでしょうか?」


そう言うと、ようやく持田は赤間の方へ視線を動かした。

「、、、はい、大丈夫です。18時頃でも大丈夫ですか?」


(食いついた!)

「はい。」

「じゃあ宜しくお願いします。」

「ありがとうございます、宜しくお願いいたします。お先に失礼いたします。」

ほぼ早口言葉でそう伝えると、赤間は足早に会社を出た。




駅に向かって早歩きをする赤間。

腕時計で終電に間に合うか確認すると、再び腕時計が話し始める。

"よう言えたやん"

「だってそうしないとシカト攻撃も仕事減らす攻撃も終わらないんだよ?そっちに耐える方が辛いよ」

"せやなぁ"

「明日が今から憂鬱だけど、明後日には明るい方向に行くかもしれないから。」

"あんたの目標はとにかくたくさんの映画に関わる事やもんな"

「そうだよ、その為なら耐えられる。」

"偉いで〜、応援しとるわ"

「ありがとう。」

そう微笑むと、終電のドアが閉まる瞬間に電車に乗り込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る