第15話

時計は18時30分を指している。

オフィスでは「お疲れ様です」という言葉が飛び交う。

帰っていく人々に空返事で「お疲れ様です」とパソコンの画面に向かって呟く赤間。

どんなに人が帰ろうと当たり前の様に仕事を続ける赤間と持田。



20時頃。

「持田〜」と松原利伸(52)が持田のデスクにやって来る。

「あ、お疲れ様です!」

ハキハキと挨拶をする持田。

「お疲れ〜、どうだ、たまには飲みにでも行かないか?」

その様子をチラ見する赤間。

(お!行け!持田、今すぐ飲みに行け!)

「あ〜すみません・・・ちょっとまだ切り上げられそうになくて」

残念そうに断る持田。

(なんだよ、行けよ!!!)

「お前はいっつもそうだな〜、わかったよ」

「すみません・・・」

「赤間もお前と同じ様な生活になってるけど、ちゃんと帰らせてやれよ?まだ若いんだからデートの時間ぐらい作ってやれ」

赤間の方を見つつ、持田に告げる松原。

(良い事言いますね、松原さん!もっと頑張って!!でもデートとかいうワードは出さないで!)

「いやいや、ちゃんと帰らせてますよ!」

即答し、赤間の方をチラリと見る持田。

「はい、ちゃんと毎日帰ってるので大丈夫ですよ!」

持田が急にこちらを見た事に焦り、苦笑いをしながらそう答える赤間。

「今日はすみません、また今度私から誘わせて下さい!」

赤間の発言を見事にスルーし、松原を帰そうとする持田。

松原は「お前本当にちゃんと誘えよ〜、じゃあお先〜」とあっさり帰って行った。

松原が見えなくなった瞬間、小さなため息をついてから仕事に戻る持田。

赤間は何か言ってやりたい、という顔をしつつも深呼吸をして仕事に戻った。




21時頃。

ふと、携帯の画面が光る。

大学時代の友人からのラインだ。

"久しぶり〜突然だけど今から飲みに行かない?"

久しく連絡を取っていなかった友人からの誘いであった。

嬉しい連絡なのだが、携帯を片手に持ち横に居る持田をチラッと見る。

(あー、すごい行きたい、、、でもこんな早い時間に帰るなんて言ったら持田さん絶対怒るよなあ、、、あの時みたいに、、、)




まだ赤間が入社したての頃。

時計は18時30分を指している。

「あの、持田さん、お先に失礼致します。」

黙々とパソコンに向かっていた持田が振り返る。

その顔は驚きの顔をしている。

その顔に驚く赤間。

(え?何?)

「もう帰るの?」

「え?」

「あ、いや、お疲れ様です。」

そう言うとフイっとまたパソコンの画面へ顔を戻した持田。

(え?帰っちゃ駄目だったの??)

気まずいながらも恐る恐る退社する赤間。



翌日。

赤間が仕事をしていると、持田が出社して来る。

「あ、持田さん、おはようございます。」

「、、、」

持田は何も言わずにデスクに座り、仕事を始める。

(え?今シカトした?絶対聞こえたよね?私なんかした??)

疑問を抱え首を傾げる赤間。



数日後。

夜、オフィスには赤間と持田だけが残っている。

雰囲気は悪く沈黙の中、2人は黙々と仕事をしている。

赤間はとある新作映画の資料を見ていると一つ疑問点があり、持田に話し掛けようとするが持田から放たれる"話しかけるな"オーラに戸惑っている。

(何この"話しかけるな"オーラ、、、怖すぎる。でも、聞かなきゃ仕事進まないし、、、)

意を決して話しかけてみる。

「持田さん。」

「、、、はい。」

(声ちっちゃ!!!!!)

「、、、あの、ちょっとこれ分からなくて、、」

「え?聞こえないからもっとはっきり喋ってくれる?」

そう言いながらこちらを見た持田は、明らかに苛立っている事を顔全面で表現していた。

(えー!あんたの方が声ちっちゃかったけど!?ていうか本当になんでそんな怒ってんの!?)

「あ、すみません、ここの部分で、、」

戸惑いながらもなるべく大きな声で続きを話そうとする。

「あのさあ」

「えっ?」

あっさり話を止められる赤間。

「何か教えて欲しいと思ってるんだったら、そういう姿勢取ってからにしてもらえるかな?」

「、、、え?」

「どういう気持ちで仕事してるの?」

「え?あの、早く色々覚えないとなって、、」

「色々覚える為には、まずゼロから上の人間を見て勉強しなきゃいけないと思うんだけど。私が若い頃は上司が帰るまで絶対帰らなかったし、上司が帰った後でも夜中まで一人で残ってもっと映画の勉強してたよ?、、、君からそういうやる気とか姿勢は感じられないからさあ、教えても意味あるのかな?って思っちゃうんだよね。」

ペラペラと喋る持田の口元を見て、唖然とする赤間。

(は、、、?この人もしかしてこの前私が定時で帰った時の事ずっと怒ってたの??)

その後もペラペラと「私の頃は」、「私だったら」を繰り返す持田の声は脳内で流れ始めた"ラデツキー行進曲"にかき消されて行った。

(わかった。この人より先に帰ってはいけない。)

赤間の脳内妄想は続き、持田の頭の上に"俺より先に帰るな"というテロップが現れる。






(あの時の説教は長かったよなぁ、軽く2時間超えてたもんなぁ)

遠い目をする赤間。

(あの時から基本的に持田さんが帰るまで帰らない様にしたら、終電で帰るのが当たり前になって友達からの誘いもガクっと減ったし、、、)

悩んでいると再び携帯の画面が光る。

"何人か来れるみたいだから皆で渋谷で飲んでるよ〜、来れそうだったらラインしてー"

(うわー、皆でワイワイ飲みかぁ、行きたいなぁぁああ、、、!)

再びチラッと横の持田を見ると相変わらず帰る気配など全く無く、集中している。

(帰るとは言えないな、、、)

小さくため息を付き、携帯を伏せパソコンへ視線を戻す赤間。

気乗りしないタイピングでメールを打ち始めると、突如画面が真っ白になり、ニコニコ動画のコメントの様に"このままでいいのか?"と画面いっぱいに大きな文字が流れて行った。


"このままでいいのか? 25歳の遊び盛りが 毎晩こんな中年オヤジと2人きりで過ごして そんな生活で今後クリエイティブな事を思いつけるのか? ずっと今のままでいいのか?"


赤間の中の反骨精神がパソコン画面に現れ、赤間は脳内で葛藤する。


"お前、このままじゃ彼氏も出来ないよな 接する男は隣の男だけ"


その言葉にバッと横にいる持田を見る赤間。

持田が座っているはずの席にはブタとゴリラが混ざった様な人間ではない生物が座って、パソコン画面に集中している。

(もはや人間ですらない!)

驚愕の顔をする赤間。


"もう一度聞く このままでいいのか?"


赤間はパソコン画面と隣にいるブタゴリラを交互に見る。

(、、、嫌だ!!!!!)




「あの、、持田さん。」

恐る恐る持田に話しかける赤間。

「はい?」

持田は赤間の方を見ず、返事をする。

「今日、この後何かお手伝いできる事ありますか?」

そう言った瞬間に持田は冷めきった目で赤間を見る。

(そうだよね、怒るよね、分かってる!)

「、、、大丈夫です。」

(はい絶対大丈夫だと思ってないよね、その感じ。でももう引き下がれないし、、)

「あ、それでは本日はお先に退社してもよろしいでしょうか?」

持田の目はどんどん冷めきっていく。

赤間の脳内では、持田の顔に赤字で"Danger"と警告が現れ、警告音が鳴り響いている。

(やばいか、、、?)

「どうぞ」

そう小さく呟くとすぐさまパソコンに視線を戻した持田。

(うん、やばそう、もういいや!逃げよう!)

「すみません、お先に失礼致します。」

急いで帰り仕度を始め、荷物を持って逃げる様にオフィスを出た赤間。



会社のビルを出た時には赤間は少し息が上がっていた。

そして振り返りビルを見上げる。

(明日、またシカト攻撃かな?)



持田の存在を忘れるかの様に頭をブンブンっと振り、駅へ向かって走っていく赤間。

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