第9話

車内は沈黙のまま、あっという間に病院へ到着してしまった。


正門入口の前でタクシーを降り、入り口へ向かう。

「、、、受付で場所を聞こう。」

私は頷くことしか出来ず、小さい子供の様に松原の後ろに付いて行く。


その時、急に後ろから肩を掴まれた。

急な衝動に驚いた私は声も出ないまま振り返った。

そこには見覚えの無い、50代ぐらいの小柄な女性が、少し細めの目を全開に見開き私の顔を見上げていた。

「あんた、、、持田さんでしょう、、、?」

「え、、、」

私の様子に気がついた松原が受付間近から急いで戻ってくる。

「あの、、どうされましたか?」

「、、、赤間の母です。」

私はなんとなく予想出来ていた答えにも関わらず、一瞬心臓が止まった気がした。

「あ、あの先程お電話でお話させて頂いた松原です、この度は、、、」

「うるさい!」

松原の焦りながらの挨拶を遮った赤間の母親の怒鳴り声に周囲が一斉にこちらを見る。

「、、、あんた達、何しに来たんですか?よく来れますよね?由理の死んだ姿を確認しに来たんですか?」

「いえ、あの、、」

「、、、死にましたよ、死んでましたよ、一人で、、、」

赤間の母親の目は瞬きもせず、私の目から視線を外さない。

私は一刻も早く逃げたくなったが、見えない鎖に縛られていて身動きが取れない。

「ねえ、持田さん、、どうしてあんたの顔を私が知ってると思いますか?」

「え、、、」

「あの子ね、働き始めてから実家に帰って来てはあんたの事ずっと話してたんですよ。この前はこういう事を言われた、こういう事をされたって、その時に話の流れで写真も見せてもらっててね、、最初は悔しがって話してて、それってパワハラになるんじゃないの?上の人に訴えたら?って言っても訴えたりなんかしたら、また君は甘いって見下されるに決まってる、今は耐えて早く独り立ちするよって言ってたけど、、、最近は何も言わなくなってたから、もう大丈夫になったのかなって思ってて、、、大丈夫じゃなかった、、、一人で抱え込むしかなくなってた、、、気がついてあげられなかった!」

母親の見開いた目から静かに涙が流れ始める。

「ねえ、持田さん、、、あんたそんなにあの子が憎かったんですか、、、?」

「え、、、」

「どうしてここまで追い込んだんですか、、、?」

私が、、、赤間を追い込んだ、、、?

「そんなにあんたに憎まれる事をあの子はしてきたんですか、、、?」

違う、、、私は何も特別な事はしていない、、、

「あの子が死んで嬉しいですか、、、?」

私はただ、必死に仕事をしてきただけだ、、、

「黙ってないで答えて下さいよ、、、答えて!」

言葉が出ない。状況の整理もまだ出来ていない。

赤間が私をそんなに憎んでいただなんて、今日この時を迎えるまで思ってもいなかったのだ。

何も答えられる訳が無い。私はただ母親の目を見返す事に必死だった。


周囲はこの一部始終が面白くてしょうがないだろう。

見てはいけないと思いながらのチラチラという視線達が私たち三人を包み込む。

母親の視線はようやく何も答えない私から松原の方へ向かった。

「、、、あんた達を由理に会わす事はしません、もう二度と顔を見せないで下さい、由理はたった今もうそちらとは関係の無い人間として下さい。遺書を公にするつもりは無いです。こんな人が理由で由理が死んだなんて誰にも思ってもらいたくない、、、これ以上話す事はありません。お引き取り下さい」

「いや、それは、、」

松原の言葉を聞く事も無く、母親は静かに去って行く。

私は結局最後まで何一つ話す事は出来なかった。


暫く情けない姿でその場に佇んでいた松原と私だが、松原は長いため息を付き私の肩を叩くと入り口へ引き返し始めた。

もう母親の姿は見えない。

それでも私は母親が消えて行った方向をずっと眺めていた。

あの先に赤間がいるのか、と思うと不思議な気持ちでいっぱいになった。


「持田、とりあえずもう今日は帰れ」

入り口を出たところで松原からそう告げられる。

「え、、」

「、、、あちらが公にしないと言っても、もう社内では広まっている。私は戻って今後の事を上と話さなければ、、暫く自宅待機してもらうかもしれん。」

「、、、私は殺してなんかないです、、、」

松原はようやく言葉を発した私に少し驚いた顔をした。

「、、、どうして赤間が自殺したのか、、、全く分からないんです、、、」

「持田、、、詳しい事は後でちゃんと聞く、、、だがな、赤間が自殺をした、持田のいない世界に行きたいと言って、これは逃れられない事実なんだ、、、受け止めた上でどうするか考えなければならない。」

松原はそう言うと足早にタクシーに乗って去って行ってしまった。




取り残された私は、世界で一人きりになった気分だった。

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