第8話

受話器を置いた松原はそのまま暫く動けずにいた。

暑くもないフロアで、額に汗をかいていた。


「、、、松原さん」

指原は何かを悟った様に、でもそれをお願いだから否定して欲しいという願いを込めて松原を呼んだ。

「、、、」

松原は黙り込み、目をギュッと瞑ったまま開かない。

「、、、松原さん!」

「、、、間に合わなかった、、、」

小さくそう呟いた松原の言葉は、ものすごく大きな威力を持っていた。

「嘘、、、嘘ですよね、、、?由理、生きてますよね、、?」

フラフラと歩いていき、指原は松原の肩を掴んで小さく揺らした。

松原は未だに目を閉じたままだ。

「、、、電話は警察からだ、自宅で首を吊っているのが発見された」

「、、、やだ、、、やだやだやだ!嘘だって言って下さい!」

「、、、とにかく、病院に向かう」

指原を無理矢理引き離し、松原もまたフラフラと自分のデスクに向かう。

私は倒れこんだまま、その光景を眺めていた。


赤間が自殺した。


私のいない世界を求めて。


無限にそのセリフが頭の中でエンドロールの様に流れていた。

この光景はスクリーンだ、ぼやけて見えるのはピントが合っていないからだ。

私は必死にピントを合わせようと瞬きを繰り返すが、どんどんスクリーンの中は崩れていく。

鞄を持った松原が私の元へ近づいてくる。


「持田、お前も一緒に来い」

「、、、え」

ゆっくりと顔を上げ、松原の顔を見る。

「お前も一緒に来るんだ」

松原は私の腕を強く掴み、立ち上がらせる。

「松原さん!こんな人連れて行かないで下さい!」

指原が私達の間に勢いよく入ってくる。

「駄目だ!これは受け止めなければいけない事だ!」

「でも!」

松原は指原を無視し、私の腕を引っ張りフロアから出ようとする。

私の足はきちんと言う事を聞いてくれず、殆ど松原に引きずられている状態だった。


フロアの入り口の自動ドアが開き、松原は半分も開いていないドアを無理矢理手動で急いで開け、フロアの外に出た。

「人殺し!お前が死ね!お前が死ねよ!」

自動ドアが閉じ、指原の叫び声が遠のいた。


松原に引きずられたまま、タクシーに乗せられた。

「◯×総合病院に急いで向かって下さい」

タクシーの運転手に伝えると、松原はようやく私の腕を離した。

病院まで約30分ほどだろう。

私の故障した脳内は必死に復旧を試みている。


「持田」

暫くの沈黙の後、ようやく松原が声を出した。

「、、、はい」

私は必死に声を絞り出す。

「これは映画のワンシーンなんかじゃない、現実だ」

「、、、」

「、、、お前の話は後で聞こう。まずは現実を確認しに行くんだ」

「、、、はい」


ちょうど信号で車が止まったので、窓の外に目を向ける。

気がつくと時刻は18時をまわっていて、歩道には仕事を終えたであろうOL達が歩いていた。

楽しそうに、これから遊びに行くのであろう。

OL達の中に赤間に背格好が似ている女性もいた。

そうか、赤間はもうあんな風に楽しそうに歩く事も無いのか。



これは映画のワンシーンなんかじゃないのだ。

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