第7話

これは何かのイタズラか。

赤間のアドレスからかと思いきや別人からではないだろうか。

赤間からだったとしても、「持田さん」は私とは別の「持田さん」でいわゆる「持田違い」ではないだろうか。


なにか間違いが無いか私は何度も何度も読み返した。


見開きっぱなしだった目を一度閉じ、ゆっくりと開ける。

顔を上げると、松原と指原の私に対する視線は既に「殺人犯」を見る目であった。


「いや、、待って下さい、これは、、私にも理解が、、、」

視線を遮る様に自分の顔の前で両手を振るった。

「、、、とにかく赤間の行方を探さなければ、、」

松原は放心状態のまま、自分のデスクに戻ろうとした。

「松原さん!何かの間違いです!赤間の嘘に決まってる!」

思わず松原の背中に向かって大声を出してしまった。

「、、、はぁ!?なんであんたがそんな事言えるのよ!人殺し!」

私の大声に勝る大声を出しながら指原が立ち上がった。

そのまま私に殴りかかりそうな勢いだ。

「なっ、、、」

指原は涙を流しながら、息を荒げて、でも必死に何かを押さえながら静かにもう一歩私に近づいた。

「あんた知らないでしょ?由理がこれまでどれだけ苦しんでたか。何度も私には言ってたよ、持田早く会社辞めないかな、持田死ねばいいのに、持田殺したい、って何度も何度も何度も。あんた、そんなに恨まれてたって知らないでしょ?私から見たらあんたはすごい幸せ者だよ。人の事傷つけたって、人から恨まれてたって気がつかないんでしょ?、、、由理、最近はあんたの悪口じゃなくなってた、、、私ってどうしようもないのかも、持田がおかしいんじゃなくて私がおかしいのかも、あんだけ色々言われるって事は私なんていない方がいいんだろうね、って、、、。」

指原は涙で化粧が落ちてグシャグシャになった顔で更に私に近づいた。

「あんたが由理を追い込んだ、、、あんたが殺したんだよ。」

その目の奥は暗闇で、私の口はビクとも動かない。

フロアは静寂に包まれている。


「と、、とにかく、赤間の行方を探そう、今はそれが第一だ!」

松原が指原の肩を押さえ、フロア全体を見回しながら呼びかけた。

私はただ呆然と立つ事しか出来なかった。

「おい持田!お前も探すんだよ!」

松原の怒鳴り声も何重にもフィルターがかって聞こえる。


赤間が死んだ、、、?


私をもう一度殺意でいっぱいの目で睨みつけてから指原は必死に赤間へ連絡を取ろうとしていた。

頭がグラグラしてくる。動けない。

そんな中、会社の電話が鳴り響いた。

嫌な知らせの様にコール音だけが鮮明に聞こえた。


「あ、株式がい、、あ、はい、今変わります」

電話に出たデスクの女性社員が血の気の引いた顔で私に近づいてきた。

「あの、、持田さん、、」

返事も出来ず、ただ彼女の顔に視点を合わせた。

「赤間さんの、、お母様からお電話です」

「え、、、」

自分でも驚く程情けない声を出してしまった。

「私が出よう」

もうこいつは使い物にならないと即時に判断した松原が受話器をとった。


「、、、お電話代わりました、私、持田の上司の松原と申します。申し訳ございません、持田は今お話もままならない状態に見受けられますので、私が代わりにお話させて頂きます。」

フロア全員が松原に注目している。

受話器の奥から女性の泣き叫ぶ声が漏れてくる。

あんなにフィルターがかっていた私の耳は、今度は人生で一番聴力が良い瞬間となった。

"持田を出せ"、"うちの娘に何をした"、"人殺し"、"娘を返せ"

ドラマや映画でよく見る、子供を殺された親が裁判所で犯人に怒鳴りつけるセリフをほとんど言われた様な気がした。

「、、、すみません、お母様。私共も状況が全て把握出来ておらず、、由理さんから最後にご連絡があったのはいつでしょうか?」

必死に冷静さを保ち、松原は既に会話にならない母親の対応を続ける。

「、、はい、先程ですね、、はい、、はい、、」

静かに話しているはずの松原の声だけがフロアに響く。

私は松原の口元をただ、見つめるしかなかった。


その電話が何分続いたのかが分からない。

5分ほどで短く終わった気もすれば、1時間ほど話していた様な気もする。

私はその間、ずっと松原の口元だけを見ていたのだ。

受話器を置いた松原は顔を上げるのに時間がかかった。

そしてゆっくりと私の方を見る。

「、、、指原に送る少し前、赤間は母親にも遺書と思われるメールを送っていた。そこには上司、いや、もう敢えて隠す事はない、持田のいる世界ではもう生きていたくない、という内容だったらしい。毎日早く楽になりたいなって思ってたけど、仕事は楽しくて、もっと働きたいって思えたから今日までなんとか生きてこれた、でももう疲れた、頭の中で真っ直ぐピンと張られた糸が切れる音がした、今は持田のいない世界に行きたいという事しか考えられない、お母さんこんな駄目な娘でごめんなさい、、、と書かれていたそうだ、、」

松原の言葉を必死に拾い上げ、脳内で文字化をする。

「赤間の母親は、驚いてすぐさまタクシーに乗り、今赤間の家に向かっている様だ、到着したらまた連絡すると言っていた、恐らくあと20分というところか、、」

「、、私も向かいます!」

指原はもう気が気ではいられない様だった。当たり前だ。

「いや、待て!指原はここで引き続き連絡を試みてくれ、、移動をしている最中かもしれない、、」

「でも、、、」

私は先程から立ちっぱなしだというのに、だんだん足の感覚も無くなってきた。

自分の体がやけに軽く感じる。

「、、、おい!あんたさっきからなんでずっと黙ってんの!?」

喋らず動かない私を指原は思わず突き飛ばした。

私は簡単に倒れこんだ。

「指原!落ち着きなさい!」

「おかしいですよね!?この人、張本人ですよね!?なんで黙ってんの?自分のせいじゃないとか思ってんの?」

立ち上がれない。どこにも力が入らない。私はこんなにも弱い人間だったのか。

全員が私を見る。全員が私を"人殺し"という目で見る。

こんな時に味方をして、否定をしてくれる人が誰一人いない。

私の頭の中の思考回路はもはや停止では無く、故障だ。復旧の目処がつかない。



その"20分"はあっという間に過ぎ、

赤間の母親の携帯から再び電話がかかってきた。

松原が出ると、電話口は母親では無く警察官だった。


赤間が自宅で首を吊っている事が確認されたという。

母親の泣き叫ぶ声が遠くに聞こえていた。

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