第3話
定時である18時半を過ぎ、パラパラと人数が減っていくフロア。
人が少なくなり日中より静かなオフィスはより仕事に集中できる。
電話が鳴る回数も減るので、今日1日で徐々に溜まっていった問い合わせメールを1つ1つ丁寧に返していく。
隣にいる赤間も同様にパソコンの画面に向かい続けている。
「持田〜」
20時頃、部署の上司である松原が帰り支度を整えながら私のデスクの元へやって来た。
「あ、お疲れ様です!」
「お疲れ〜、どうだ、たまには飲みにでも行かないか?」
誘われてしまった。
若い頃は上司の誘いは絶対であったが、私ももう上の方の立場の人間である、責任ある仕事を抱えている為、いつしか断る事ばかりになっていた。
「あ〜すみません・・・ちょっとまだ切り上げられそうになくて」
「お前はいっつもそうだな〜、わかったよ」
「すみません・・・」
「赤間もお前と同じ様な生活になってるけど、ちゃんと帰らせてやれよ?まだ若いんだからデートの時間ぐらい作ってやれ」
「いやいや、ちゃんと帰らせてますよ!」
赤間の方をちらりと見ると気まずそうに笑っている。
「はい、ちゃんと毎日帰ってるので大丈夫ですよ!」
苦笑いをしつつ、そう答える赤間。
恐らく赤間は彼氏がいないので、「デートの時間」などと急に言われて気まずいのだろう。
「今日はすみません、また今度私から誘わせて下さい!」
早くこの場を去ってくれ、と心の中で思いながら笑顔で松原に伝える。
「お前本当にちゃんと誘えよ〜、じゃあお先〜」
去る時はあっさりと、片手をあげてから松原は去って行った。
ふう、と小さなため息をついてからまたパソコンの画面に目を戻す。
22時になる頃、オフィスには私と赤間の2人だけになっていた。
赤間は先ほどと様子が変わり、キーボードを打つ手は止まりつつあった。
「あの・・持田さん」
「はい?」
「今日、この後何かお手伝いできる事ありますか?」
「・・・大丈夫です」
「あ、それでは本日はお先に退社してもよろしいでしょうか?」
そう尋ねる赤間はどこか気まずそうだ。
「どうぞ」
「すみません、お先に失礼致します」
赤間はササっと帰り支度をすると、少し早歩きで退社していった。
私の頃は、は通用しない。
なので本人には言わないが、私は赤間の年齢の頃、上司より先に帰るなんて日はなかった。
すぐにやらなければいけない仕事が無かったとしても、上司が帰るまでは緊急な事が無いとは言えない。
上司が帰るまでは調べ物などをして、自分の知識を蓄えていったものだ。
私はその時間があって今の自分がいると思う。
映画の仕事は大勢の人間が様々な役割で動いている、その分いろんな知識が必要である。
赤間も本気で映画に関わりたいのであれば、もっと積極的にならなければいけない。
彼女にもいずれ1人で動いてもらわなければいけないと思うが、今のままでは難しいだろう。
終電の時間を迎える少し前、ようやく私も帰り支度を始めた。
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