第2話
私は大学を卒業した後、少し転々とした時期も経て約20年間、映画の配給会社に勤めている。
学生時代から映画が好きで映画に関わる仕事をしたいと思っていたが、就職活動がうまくいかず全く違う業種で働きながら人脈を広げつつ就職活動を続け、28歳の時に念願叶って今の配給会社に入ることができた。
誰もが知っている大きい配給会社という訳では無いけれど、とにかく夢が叶った私は死に物狂いで働こうと自分に誓った。
欲張りだった私はその誓いと同時に大学の後輩で6年間交際していた綾子にもプロポーズをした。
希望に満ち溢れていた。
だが現実はそう甘くは無く、想像していた以上に忙しく、睡眠時間が短い中で体育会系の上司達に散々鍛えられ、最初の数年間は今日こそは辞めようと思いながら毎日会社に向かっていた。
大好きだった映画をプライベートで一切観れなくなった時期もある。
このままでは映画を嫌いになってしまいそうだと感じた34歳の頃、小規模の作品であったが初めてプロデューサーを任せてもらえることが出来た。
無我夢中で作り上げ、最後にエンドロールでプロデューサーの肩書きと共に流れる自分の名前を見た瞬間、この仕事以外考えられなくなった。
過去を振り返ると辛い思い出しか無い様に思える時もあるが、今は胸を張ってこの仕事が好きだと言える。
私は新しく入社した若者たちにも必死に続けて、仕事の楽しさを少しでも早く感じてもらえたらと思っている。
会社の最寄り駅まで到着し、改札を出ると少し前を歩く直属の部下・赤間由理を見つけた。
少し俯きながら猫背で歩く彼女は入社3年目の25歳。
その後ろ姿はまるでふて腐れている小学生の様だった。
彼女が歩くのが遅いのか、私が早いのか、会社のビルに到着する頃には既に私は彼女に追いついていた。
「赤間、おはよう」
後ろから声をかけると彼女は肩をビクッとさせすぐにこちらを振り返った。
「あ、持田さん、おはようございます」
赤間は笑顔で挨拶をするような爽やかな部下ではない。
「君さ、猫背直した方がいいんじゃないかな?後ろから見てるとちょっとみっともないよ、もう大人の女性なんだから」
老婆心は伝え方によってはウザがられて終わるだけなので、なるべく軽めに微笑みながら伝えるように心がけている。
「はい、気をつけます」
赤間は小さい声でそう答えると少し俯いたが、すぐに顔を上げ背筋を伸ばした。
そんな会話をしている内にエレベーターが到着し、会社のフロアである7階へ2人で上がる。
エレベーターでは約30秒間沈黙であったが、元々赤間はそんなに喋るタイプではない。
直属の部下な為、2人で行動することが多いのだが3年目ともなると無理に話をしようとも思わなくなった。
会社に到着し、すれ違う全員に挨拶をしながら自分のデスクに辿り着く。
赤間も後ろをついてきて、私の隣である自身の席に座った。
お互いパソコンに向かいメールの確認を始める。
とは言え私は毎日帰宅は終電で、朝の起床も早く、寝ている時以外はメールを小まめに確認しているのでこの時点で新着メールは殆ど無い。
頭の中で何か忘れていることは無いか、色々と思い出しながら過去のメールを少し遡る。
「そうだ、赤間」
「はい」
話しかけつつ赤間を見ると、ちょうど彼女はペットボトルのお茶を口から離したところだった。
「・・・赤間さあ」
「・・・はい?」
「ペットボトル、直接飲むのやめた方がいいんじゃない?コップに注ぐとか、直接だとしても人がいない方向見て少し隠しながら飲むとか。さっきの続きじゃないけど、女性らしくさ。なんか豪快さが出ててだらしがないよ」
以前から気になっていた事を、さっきの話の流れでちょうど良いタイミングだと感じ伝えてみる。
もちろんこれは説教ではないので、なるべく軽めに、微笑みながら。
「・・・気をつけます」
赤間はどうやら納得がいっていない様だが、あくまで助言の為、無理強いをする気は無いのでこの話はここで終わらせる。
「それは置いておいて、明日の新作映画の打ち合わせ、関係者にリマインドメール送っておいてくれる?」
「あ、わかりました」
そう言って彼女は早速メールを打ち始める。
少しして私もCCに入っている為、赤間からのリマインドメールが私にも届く。
そのメールを見て、私はこれまでに彼女に何度も注意した事が抜けている事に気がついた。
「・・・赤間」
「はい」
「"持田の代理でご連絡致します"が抜けてる」
「・・・はい」
「何度も言ってきてるよね?この打ち合わせ、うちの会社の責任者君なの?」
「違います」
「責任者、誰?」
「持田さんです」
「そうだよね、この打ち合わせ自体私の仕事だよね。君の立場での発言を考えてくれるかな?」
「・・・すみません」
たかだかリマインドメールだが、新作映画の初めての打ち合わせの為、初めて挨拶をする相手もいる。
責任者は明確にしておいた方がいい。
何度もこういったケースで赤間には注意をしてきたがなかなか分かってもらえない。
「今後は気をつけてください」
「・・・はい」
赤間は小さく返事をするとまた少し俯いた。
私は頭を切り替えて、自分のパソコンの画面に視線を戻した。
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