02『旅の過程にこそ価値がある』

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   やったことよりやらなかったことに後悔する。

   だからこそ、集きて勝利の湾より航海するのだ。

   風をつかめ。探求せよ。

   金の港に至りて、みなとあぐらを楽しむのだ。


 ガラケーにメールが送られてきたのをサクヤが知ったのは、スーツケースを引きながら関西国際空港第一ターミナルビルの国際線出発フロアへと入り、時間確認のためにショルダーバッグから取り出したときだった。

 文面にささいな違和感を覚え、縦読みや斜め読みをしてもわからなかった。正解にたどり着くには千の可能性を抱いて一つずつ潰していけばいい。手始めに自分が船長だと、サクヤは想像してみた。

 船長ならば安全で静かな港にいつまでも停泊せず、大志をもって大海原へ出かけるだろう。たとえ嵐にもまれた航海になろうとも、船出したことには後悔せずに。


「グランドラインは行きとうないなぁ」


 メールの差出人は、旅仲間の多田トモからだった。

 サクヤが熱望していたクルーズ企画に、トモは「参加する」と言っておきながら、ゴールデンウィークしか都合がつかないから年度末は行けないと断ってきた。

 一人でも行けたが、初めてのクルーズにサクヤは同行者がほしかった。だから彼女が参加できる上海発横浜行のコスタ・ビクトリア号クルージングを見つけた。それでも彼女の日程が合わず、上海で合流するのは明日の予定だ。

 メールをみながらサクヤは首を捻る。


「どないしたんやろ、詩人にでも目覚めたのかな」


 メールでトモに聞くより手続きを済ませよう、とガラケーを片付ける。


「それにしても、ぎょうさん来てはるなぁ」


 南出発口の保安検査所にならぶ長蛇の列を前に、サクヤは瞬きをくり返す。

 ターミナル中央付近まで行って折り返すほどの半袖シャツやパーカーを着た渡航者の数。横入りはあかんよ、と揉めるおっさんの声が聞こえてくる。まるでUSJのアトラクション前にできる行列みたいだった。

 大手旅行会社が発表したゴールデンウィーク中の旅行予定者数は、過去最高のおよそ二千二百八十万人。関西国際空港によるゴールデンウィーク期間の国際線旅客数では、前年比三パーセントを上回るおよそ三十七万と予想し、方面別では韓国、東南アジア、台湾、中国、ヨーロッパの順に人気だ。


「朝っぱらからはんなりしてるわぁ」


 大型連休がはじまったから、こうなることくらいサクヤも予想していた。この混雑を避けるためにも三月末に出かけたかったのに、「年度末だから絶対無理」と駄々をこねる子供のようにトモが反対し、ゴールデンウィークなら都合がつくからと説得されて渋々了承すればこの状況である。


「いややわぁ、どないしてくれよう」


 バンフライと叫べば渡航回数下位者が列の順番を譲ってくれればいいのに、とぼやきながら列に並んだ。

 ミッドルトリッパーのサクヤは京娘である。並ぶのは嫌いだった。

 ようやく順番が来て、チェックインカウンターでパスポートと航空券の引換券を係員に渡し、航空券を受け取ってスーツケースを預ける。

 つぎにサクヤは、国際線出発北集合エリア前ヘと向かった。


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