第95話 別れへの道

 密やかな出立を望んだ私たちのため、王様は目立たぬ馬車を用意して王都の外まで送り届けてくれることとなった。

 その準備のために王たちが退出した後、残った人々と私たちは最後の別れを交わす。

 普通は陰から物語を修正するのが当たり前である私たち司書からすれば、こういった事は珍しかった。


「奥方と、パルファ様たちにもよろしくお伝えください。あと、関係は変わりましたがエミーリアのこともどうかよろしくお願いいたします」

 リブラ教官の言葉にリヨンド子爵が頷く。

「兄上の遺志でもあるし、安心して任せておいて欲しい。それにしても寂しくなるな」

 それから子爵はこちらを向いた。

「しかし、魔法のホウキだったとは、フェイアには魔法使いの才能でもあるのかな」

 ジジ馬鹿は相変わらずのようである。

「貴方とは、1度手合わせがしてみたかったです」

 ローラン家の長女が心底残念そうにリブラ教官に言っていた。

 きっと、もっと時間があればこの2人はもっと仲が良くなれただろう。

「そうだローガン。君にお願いしたいことがあったのだ」

 教官はそう言うと、アキラに何事か囁く。

 頷いたアキラは、部屋の隅に行くと【心室】から何かを取り出していた。

 昨日、舞踏会直前の準備の際に、拠点に置いてあった装備はすべてアキラの【心室】の中に預けてあった。

 アキラが戻ってくると革袋をローガンに手渡す。受け取ったローガンの手が重さに一瞬下がる。

「これは?」

「水玉になった拠点の修繕費だ。残ったら手間賃と護衛官見習いへの就任祝いに取っておくといい」

 中には金貨と宝石がいくつか入っていた。

「これは貰い過ぎっすよ!」

「そんなことはないさ、それに」

 教官はローガンを手招きして、耳元で囁く。

 大方、王宮にいる彼にエミーリアのことを頼んでいるのではないのだろうか。

「わかったす! じゃあ、遠慮なくお預かりするっす」

「うむ、頼んだ」

 そうやって、思い思いに残されたわずかな時間を言葉を交わして過ごした。


 夕方が近くなった頃、王の使いが出立の準備が整ったと呼びに来た。

 その王の使いの傍らにはセントバンスさんがなぜかいた。

「皆さまと最後のご挨拶をと思いまして」

 王宮の廊下を、私たちを中心とした一団がぞろぞろと移動する。

 時折、別の通路から城仕えの者たちが遠巻きに我々の様子を覗いていた。

 しかし、こう歩いてみるとわかるのだが、この城は本当に贅の限りが尽くされている上にでかい。そして、通路はかなり複雑なつながり方をしているようだ。

 これからエミーリアは王宮にも頻繁に出入りし、そのうち生活をするようになるのだろうが、迷子にならないか心配である。

 そんなことを考えながら進んでいると、リブラ教官が先に進むセントバンスに並んだ。

「セントバンス殿にも、いろいろとお世話になりました。それとローガンのことはお聞きになりましたか?」

「ええ、陛下がブルゴール栄誉伯を見舞った際に聞きました」

「勝手なことしてしまい、申し訳ございません」

 教官が歩きながらではあるが頭を下げる。

 するとセントバンスさんは首を横に振った。

「いえ、お気になさらないでください。ローガンにとっても良い事ですし、我々としても王宮とのつなぎが一本でも増えることはありがたいことです」

 どこまでも商人である。

「そう言っていただけると助かります」

 リブラ教官がもう一礼する。

「しかし、本当に急いで出立をなさるのですね」

「ええ、私たちにも事情がありますので」

 セントバンスさんが非常に残念そうな顔をした。

「あなた方がもう少し王都に留まっていて下されば、何かと良いお話ができましたのに」

 どちらかといえば、セントバンスさん、いやカナン商会にとって良い話ではないだろうか。

「相変わらず、商売熱心ですね。見世物でも始めるつもりですか?」

 先程と打って変わったリブラ教官の皮肉めいた冗談に、彼は肩を竦めた。

「御冗談を、目先の小を取るために、先の大を捨てるようなことをしていては商人失格でございます」

 教官が苦笑いしてから、表情を改める。

「しかし今回、途中で私との接触を避けるようになったのは、ブルゴール栄誉伯との接触を図っていたからですか」

 その言葉にセントバンスさんは頷いた。

「ええ、あの時は大変失礼いたしました。しかし、あの時、下手にあなた方と接触して話を進めてしまっていたら、エミーリア様の来歴に傷が付く恐れがありましたので」

 やはり、セントバンスさんが教官に持ち掛けた舞踏会への参加話というのは、かなり黒に近いグレーな話なのだろう。

「それにあの舞踏会のお話は、あなた方の真意と正体を釣り上げるための餌でございましたので」

 なんでも、セントバンスさんは、私たちがどこぞの貴族の息女が身分を隠している可能性と、それと同時に、舞踏会を利用して王国に害を為そうと画策する者が送り込んだ刺客の可能性も考えていたそうである。

 なので、もし舞踏会への参加の話に飛びついてくる様子があれば、観察し王宮に届け出るつもりだったらしい。ただ、ローガンから聞いた話とその後の動きから、その可能性はかなり低くなったとか。ちなみに私には何か特殊な薬品や道具が仕込まれているのではないかと思っていたらしい。

「しかし、まさか魔法のホウキとは」

 ちらりとセントバンスさんがこちらを見る。いくらで売れるだろうとか考えていそうで怖い。

「しかし今回は皆様のおかげで、様々な方面によいつながりができましたので感謝しております」

 ほくほく顔を微妙に浮かべるセントバンスさん、彼がこんな表情を浮かべるとは思わなかった。つまり今回は、それくらい利することが多かったのだろう。

「でしたら、今後、ローガンと共にエミーリアの力になっていただけるとありがたいのですが」

 リブラ教官の言葉にセントバンスさんは頷き、私の横にいるエミーリアを見る。

「こちらこそ、未来の王子妃、そして後の王妃の助けとなれること誠に光栄でございます」

 その言葉に、エミーリアが戸惑いの色を浮かべる。まだ、自分が王子妃になることに実感が伴っていないところもあるのだろう。

 しばらくすれば、その実感とその責任がずっしりと心に染み込んでくるだろう。大丈夫だと信じてることにしたが、その時、彼女の心がしっかりと立つことができるよう私は静かに神に祈った。


「それでは、魔法使いの皆さまはこちらでしばしお待ちください。他の方々はこちらへ」

 王の使いがそう言うと、別の案内役に引き連れられ皆が去っていく。

 どういうことだろうか。

 気づくと先程までいた王宮の白い壁とは違う、堅牢という言葉で塗り固められた石材がむき出しの通路にいた。

 目の前には両開きの大きな木製の扉がある。金属で補強されたそれは傍から見てもかなりの分厚さがあるのがわかった。その両側には鎖帷子とサーコートを着用し、ハルバートを手にした兵士が配されている。それらを見るに、今私たちは軍事的な役割を持つ箇所にいるようだった。

 しばらくすると、分厚い木製の扉がゆっくりと開き始めた。

「どうぞ、お進みください!」

 促され私たちは扉をくぐった。

 その先、開けた場所には多くの兵士が我々を待ち構えていた。

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