第94話 王様の野望と栄光の道

 私たちの出立の意向を伝えると、王室一家を始めとしたご一行が部屋に大挙して訪れた。

 その中には、リヨンド子爵とアリベルク、そしてあのローラ=ローランの姿もあった。

「昨夜からの混乱でなんのもてなしも礼もできておらん、それに魔法の事など聞きたい事は山のようにある。もう少し滞在を伸ばすことはできないのか?」

 王の言葉にリブラ教官が首を振る。

「勿体なきお言葉でございますが、私たちにも役割があり、またここに長居することは、この国にとっても余計な混乱をもたらす可能性がありますので」

 その言葉に王が立派な体躯の肩を目に見えて力なく落とす。

「そうか、それならば……」

 そう言ってから、何か名案が思い浮かんだという顔をした。

「では、後年、余が旅に出る時に供をしてくれぬか?」

 旅? 国内への巡察の旅にでもあるのだろうか?

「陛下、巡察の予定などございましたでしょうか?」

 あいかわらずいかつい顔をした宰相が、やや不審気に王に尋ねた。

「いや、巡察の旅ではない。後年と言っているであろう。ハインゼルに王位を譲った後に出発する予定の諸国漫遊冒険旅行のことについてだ」


 部屋中にどよめきが広がった。

 動揺していなかったのは王妃くらいである。

「父上、王位を譲るとはどういうことですか!」

「王よ! さすがにお戯れが過ぎます!!」

 特に慌てているハインゼル王子と宰相。それはそうだろう。今の様子だと寝耳に水なのは確かだろうが、あまりにも酷すぎる。

 ただ、リブラ教官だけは目を輝かせ王を見ていた。そういえば諸国漫遊、確かにあの人に共通している。

 さすがに、お供しますとは言いださないだろうが。

「戯れではない。ずっと考えておったことだ。余はハインゼルよりも年若い時に王位を継いだ。それからこれまでの間この国に尽くし、それなりにこの国と臣民を栄えさせることができたと自負しておる。なので早々に王位を退いた後は、幼い頃からの夢であった冒険旅行に王妃と共に旅立とうと決めておったのだ」

 可哀そうに宰相の顎が完全に重力に負けてしまっていた。

「それに、今回の舞踏会で、ハインゼルがどのような選択をするかを見極めることができたからな」

「私の選択ですか?」

 もはや何を言っているのかわからないといった感じで王子が父王に尋ねる。

「ああ、噂に釣られて押し寄せた娘たちの中で、そちがどのように振る舞い、そしてどのような娘を選ぶかというな。王として国を率いていく中、そちが何を大切にするかという資質を見極めるための試金石だった」

 試されていたのは王子妃候補の娘たちではなく、王子だったとは。どちらにしろひどい話ではある。

「で、私の選択はどうでしたでしょうか、父上」

 王子が傍らに立つエミーリアの方をちらと見る。

 部屋に訪れた久方ぶりの沈黙の後、王は豪快に笑みを浮かべる。

「余としてはまあ及第点といったところか。おかげで心置きなく冒険の準備ができるというもの」

 そして、顎髭を揺らしながらひとしきり笑う。

「と言っても、今すぐのことではない。ハインゼルもまだまだ未熟であるし、旅の同行者もこれはという人物を厳選したいしな。とりあえずはあと数年は大人しく玉座には座っておるよ」

 その言葉に、王子は胸を撫でおろし、宰相の顎が収まる。

 しかし、とんでもない王様である。戦乱とは長らく程遠い王国にあって、妙に体が鍛えられていると思っていたが、まさか冒険旅行のためにずっと鍛え上げていたのだろうか。そうだとすればどれほど前から旅行を計画していたのだろうか。

 宰相の苦労が偲ばれる。


 王の碧眼が再びこちらを見る。

「ということで、魔法使い殿。どうだ、余と一緒に未知と冒険を求めての旅行に出てみぬか?」

 謹んでお断りした。

 王様は、再び心底しょんぼりする。

「そなたらがおれば心強いし、楽しそうなのだがな」

 その目が私を見据えていた。もしかして王もホウキの体目当てなのだろうか。妙なところに需要がある体だ。

「まあ、今回のことで供にふさわしい候補者が何名か見つけられたので、礼を言うことこそあれ、無理に引き留めるのは野暮というものなのであろうな」

 そう言った王が見ていたのは、昨日とは違い男装をしたローラ=ローランだった。

 確かに、英雄級と思われる彼女なら旅の護衛としては相応しいであろうし、彼女としてもその力を存分に振るう場を得ることができるかもしれなかった。ただ、年頃の娘を冒険の旅に引っ張りまわして婚期とかは大丈夫だろうかという、いらぬ心配がふと脳裏をよぎる。

 せめて、同行者の中に良い感じになれるような人物がいればいいのだろうが、と思った私の視界にアリベルクが映った。

 リヨンド家の大事な一人息子だし冒険旅行は無理だろうな。

 私がそんな世話好きのおばちゃんのような事を考えている時である。リブラ教官が王に1人推薦したい人物がいると申し出た。

「ほう、魔法使い殿の推薦か。申してみよ」

「はっ、しかしながら、その者は身分は高くなく、また溢れる才覚はあれど、年若くまだまだ未熟ですが、それでも構いませんでしょうか」

「構わん。元々、余は冒険旅行の供に身分は求めておらんし、出立までに鍛え上げれば問題なかろう」

 それを聞いてリブラ教官は微笑むと一礼する。

「ありがたき幸せ。それでは私から推薦いたしますのは、そこにいるローガンと申します少年です」

 顔を上げた教官が、王達が来てから部屋の隅で控えていたローガンを指し示した。

 突然の指名にローガンはただ呆然としている。

「ほう、ローガンとやら、我が前に来るが良い!」

 王に呼ばれ、ローガンが珍しくおっかなびっくりといった感じで王の前にやってくると畏まった。

「今はカナン商会のセントバンス殿の下で働いておりますが、目端が利く少年です。エミーリア様の形見のペンダントに隠されていた紋章に気が付いたのもこの者ですし、足音と気配を消し、相手を遠方より見張ることなどにも長けており、その技術は我々も舌を巻くほどです」

 その言葉に王が目を細める。

「なるほど面白い。ローガンとやら」

「はっ!」

「どうだ、余の冒険旅行の供をする気があるなら、出発までの間、王宮で護衛官見習いとして取り立てて、みっちりと鍛えてつかわすが、いかがする?」

「陛下! そのように勝手に」

 宰相が困ったように声を上げる。

 王宮護衛官は、貴族の子息が中心に構成されているが質実剛健を旨としているらしい。実際、彼らは危ない場面もあったが、泥人の群れ相手に、舞踏会の参加者を守り切り、また自体からも死者は出していなかった。そういう組織ならばこそ決して訓練も業務も甘くないだろうし、また王の肝いりで入ったとあれば、元々の身分のことも併せて何かと言われるのは間違いなさそうだ。それは困難極まる道になる可能性が高かった。とはいえ、間違いなくその先には大きな栄誉が待っているし、そしてローガンの性格と才覚ならば、と私は素直に思う。

「さあ、いかがする?」

 王の再びの質問に、ローガンが畏まりながらこちらをチラと見る。

 一瞬考えた後、言葉を贈る。

<私はできると信じるがね。あとは君自身の思い次第さ。我が弟子ローガン>

 ローガンが小さく頷いた。

「さあ!」

 王の3度目の問いにローガンは頭を深く下げ答えた。

「謹んでお受けいたします! 陛下」

「よかろう! ならば、余の出立の日まで心して鍛錬に励むがよい!」

「はっ! ありがたき幸せ」

 最後の最後に、少しは師匠らしいことはできたのかな?

 未来へ続く道に一歩踏み出した少年の背中を見て、ふとそんなことを考える。

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