第93話 信じる

 両親のことをエミーリアに伝えた後、体調が思わしくない様子のブルゴール栄誉伯はセントバンスさんを連れて部屋を後にしていた。

 ただ、話があると私たちはローガンを引き留めていた。

「ローガン、約束を破っていたわけだな」

 私の言葉にローガンは心外そうな顔をする。

「まあ、オイラにも色々あるんすよ、それにオイラ別に『今のことはセントバンスさんにも黙っておく』って言ったっすけど別に『皆さんが魔法使いである』ことを黙っておくとは一言も言ってないすよ」

 なんという屁理屈。

「じゃあ、弟子入りの話もなしということいいな」

 それを言うと、さらに心外そうな表情を浮かべる。

「それはそれっすよ。別に約束を破った訳じゃないっすし、それにオイラがセントバンスさんに話していなかったら、昨日も大変だったすよね。昨夜、ブルゴール栄誉伯とリヨンド子爵が情報を共有できたのもオイラからの情報があってのことですし。感謝される覚えはあっても、破門される覚えはないっす」

「確かに結果的にはそうであっても、なんというか信用問題的なものでだめだろうよ」

「それを言うなら、仲間だと言いながら、最後の方はオイラを置いてけぼりだったじゃないっすか」

 それを言われると痛い。

 私が沈黙したところでリブラ教官が口を開いた。

「その点については謝罪しておこう。すまなかった」

 リブラ教官はそう言い、頭を下げた。

「いや、そう謝られると逆に困るっす」

 バツが悪そうにローガンが頭を掻く。

「だが、トーサンが言うように、君は詭弁を弄して我々の信用を裏切り行動していたことは確かだ」

 顔を上げた教官のエメラルド瞳が少年の栗色の瞳をまっすぐ見る。

「それについては……、たしかにそうっす! すいません!!」

 ローガンが頭を下げる。

 リブラ教官相手には素直に謝るのだなと、もやもやとした気分が浮かび上がるが、とりあえず今は飲み込んでおく。

「まあ、そこは私の迂闊もあったことだし、結果的には君に助けられた面もあるのは確かだ。だから今回は双方あいこで水に流すというのでどうだ? なあ、トーサン?」

 教官の言葉にローガンがこちらを見る。

 ここでグダグダ言ったら、私の様々なものが廃るのだろうな。

 ローガンもあれだが、リブラ教官もずるい。


「まあ、リブラがそう言うなら、それでいいと思いますよ」

「ありがとうごいます!」

 ローガンがこちらに改めて頭を下げる。

「いや、まあこちらも放っておいてすまなかった」

 リブラ教官が何か微笑んでいる。

「ということだが、アキラ君とエミーリアもそれでいいかな?」

 アキラがうなずく。

 そしてエミーリアはローガンの方に近づき頭を下げた。

「え、あの? どうしたんすか?」

 ローガンが慌てる。

「ペンダントに隠されていた紋章のこと、見つけてくれてありがとうございます! おかげでお父さんとお母さんの事を知ることができました」

「あ、いや、こちらこそ、すいません。そしてありがとうございます」

 ローガンがエミーリアに頭を下げる。

「さて、これで諸々は水に流してなかったことにしよう」

 リブラ教官はそう言ってから続ける。

「これで我々も心置きなく旅立てるというものだ」

「え?」

 エミーリアがその言葉に顔を上げ、目を大きくする。

「旅立つって、どこかへ行ってしまわれるのですか」

 不安そうな顔をして彼女は私たちの顔を見る。


<教官、ということは>

<ああ、さっきマドカから連絡が入った。任務完了だ>

 ブルゴール栄誉伯が、エミーリアの両親について語っている間に、特異点の消失が確認された旨の連絡が来ていたそうなのである。

 そうなれば、あとは世界がその修正力を持ってこの物語を守るだろう。つまり私たちはもう用なしであり、完全にこの世界にとっての異物ということで、速やかな撤収が肝心だった。

<ということなので、トーサン説明を頼む>

 どうやら、最後まで法螺吹き役は私らしい。

「エミーリア、君が王子と絆を結んでくれたおかげで双子星の運命の結び目は元に戻った。だから私たちの役目は終わったんだよ」

「だから、ホウキさんたちもここを去ると?」

「ああ、私たちは、『常ならざる者』だからね。いると余計な厄介ごとの種にもなりかねない。だから旅立つよ」

 エミーリアが目を伏せる。

「そうなんですね……、じゃあ私が行かないでって、我がままを言ったら皆さんが困っちゃいますね……」

「すまない。これから大変な君を残してしまうようなことになってしまって」

 エミーリアが首を振った。そして顔を上げて笑う。

「そんなこと気にしないで下さい。だって、皆さんがいなかったら、私は今、ここにいなかったし、それに殿下と……」

 婚約したことを改めて実感したのか、その顔が赤く染まる。

「こんな夢みたいなこと、夢じゃないんですよね……」

「ああ、エミーリアが無茶苦茶頑張って、そして勇気を出して前に進んだから得られたものだ。まちがいなく夢じゃない」

「それも皆さんがいてくれたからです。ありがとうございます」

 体を二つ折にするように深く、そして勢いよく頭が下げられ、その勢いで束ねられた髪の毛が跳ねて私を叩いた。

「あ、申し訳ありません」

 そういえば、前もこんなことあったな。そんなことを思い出して思わず声を出して笑ってしまった。

 エミーリアも同じように笑う。その目の端には小さな光の粒があった。

 それを拭って、エミーリアはしっかりとした口調で言う。

「皆さんが心配しないで済むように、これからも自分のできる限りで前を向いて進んでいこうと思います」

 そして、彼女にしては珍しいニヤリとした笑みを浮かべた。

「だって、私は主人公ですから」

 ああ、確かにリブラ教官が言う通りだ。彼女はなかなかにカッコイイ、信頼して送り出せる主人公になった。

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