第71話 従妹たち

 伯爵の屋敷を訪れた我々は、大きな暖炉がある居間に通される。

 大きな暖炉も含め、白を基調とした部屋の中では、子爵のほかに3人の女性が我々を待ち受けていた。

「やあ、よく来てくれたねエミーリア、それにあなたがリブラ殿か」

 子爵の言葉にリブラ教官は優雅に一礼する。

「本日はお招きいただき感謝いたします、子爵様」

 リブラ教官が顔を上げ華やかに微笑んだ。

 それを見た子爵の後ろにいた年の頃の頃12、3歳の少女が、隣の20代半ばの女性に小声で何かを言っている。

 そして、女性に小さく肘で小突かれた。

「これは私の妻と娘たちだ、エミーリアは小さい頃に会っているね?」

「はい、お会いしたことがございます」

 そう言い、頷いたエミーリアだったが少し自信なさげだった。

 10年以上前の話だから無理もないことではある。

「まあ、なので改めてになるが、妻のイングリド」

 栗色の髪と同色の瞳をした上品な雰囲気を醸し出した女性が緩やかに一礼した。

 30歳前後に見えるが、上の娘の年齢を考えると本来の年齢はもっと上なのだろう。

 それにしても、と今更ながら気づくことがあった。

 これまでこの王都であった人々は栗色の髪に同色の瞳、もしくは金髪碧眼の人が多い。

 少なくともエミーリアと同じ灰色の髪に瞳をしている人は他には見かけなかったような気がする。

 その割には珍しい色として声を掛けられるのは、いつも黒色のアキラの方である。

 もしかしたら、王都では見かけないが他の地方では、比較的多い色なのかもしれなかった。

 意外とこの髪と瞳の色は彼女の出自について考察する上でのヒントかもしれない。


「こっちが上の娘のパルファ、5年前にトリンドル子爵のところに嫁に行っているんだが、今はちょうど祝祭前ということで帰って来ていてね」

 紹介された20代半ばの女性は母親そっくりの容姿だった。

 奥方の見た目の若さもあって、並ぶと姉妹と間違えられてもおかしくはない。

「そして、こっちは末の娘のコリンヌ、たぶんエミーリアが前にあった時はこんなに小さかったと思うが、大きくなっただろう」

 そう言って、子爵は親指と人差し指を少し開いて見せた。

「もう、お父様! それじゃあ私は小人じゃありませんか」

 コリンヌは口をとがらせて抗議する。

 こちらも顔立ちは母親に似た美人になる素養を示していたが、髪と瞳の色は父親譲りのようだった。

「それに関してはエミーリアも同じですわ。あんな小さかった子がこんなに大きくなったなんて、私も歳を取るわけですわ」

 そう言って子爵夫人はエミーリアに近づいてその手を取る。

 しかし、夫人の最後の歳を取った下りを聞いたら、思わず物を投げつけたくなる人が世の中には数多いそうだった。

 恵まれている人は、意外とそのことに気付いていない事が多い。

 エミーリアの手を取った夫人は、一瞬何か違和感を覚えたような顔をすると、握っていたエミーリアの手を少し持ち上げて見入った。それから再び、その手を自らの両手で包む。

「エミーリア、お久しぶりね。昔、一緒に遊んだことがあるのだけど覚えているかしら?」

 2人の横合いにパルファが近づいてそう言う。

 本当に間近に並ぶと、子爵夫人とパルファは姉妹にしか見えなかった。

「あ、はい、お庭の芝生で……」

 少し、自信なさげにエミーリアが答えると、パルファは顔に喜色を浮かべる。

「そうそう、アルベリクも一緒になって追いかけっこやかくれんぼをやったわね、本当にあの小さかった子が大きくなったものね」

 その後も、当時のわずかな思いでを語る夫人とパルファ、そしてそれを興味深そうに聞くコリンヌの囲まれ、エミーリアが恥ずかし気に固まっていた。

 久しぶりの親戚の集まりに出席したら、「あんた誰?」という親戚に本人さえ覚えていないような小さい頃の思い出話で肴にされるような感じであろう。

「リブラ殿もいるのだ、積もる話は昼食を食べながらにしよう」

 しばし、蚊帳の外になっていた子爵の声で一同は食堂に通されることとなった。

 アキラは、従者ということで別になるかと思ったが、客人として通される。

 これは、貴族籍がある者とない者を区別しがちなこの国では珍しいことのように思った。


 昼食は、貴族然とした格式ばったものではなく、簡単に手で摘まめるようなものが主体となっていた。

 もしかすると、エミーリアのテーブルマナーのことを鑑みての事かもしれない。

 そして、ゆっくりと時間をかけた昼食の合間にエミーリアはこれまでの事を簡単に話した。 

 ブドルク男爵家で働いていたこと、王子と出会ってハンカチーフを返したいと思っていたこと、そしてリブラ教官たちが現れて舞踏会へ参加できるように尽力してくれたこと、その他にも多くのことでお世話になっていること。

 それは先日、子爵に語ったことと多くは被っていたが、子爵夫人たちはエミーリア本人の唇から語られるその様子に固唾を飲んでいた。

 そして先日マンセット商会での出来事と、それにより貴族籍を持っていると知ったこと、そして戸惑っている現状を正直に述べる。

「昼食時に申し訳ありません」

 最後の方の心情の吐露が、場の雰囲気を冷やしたと思ったのであろう。

 エミーリアは細い声で謝罪した。

「謝罪などする必要はありませんわ!」 

 パルファが語気強くそう言う。

「エミーリアには何の落ち度もありませんわ! 落ち度があるとすれば、叔父、叔母、従姉妹でありながら彼女の不遇に気づかずに何の力にもなれなかった私たちにありますわ! ねえ、お父様!」

 テーブルを叩かんばかりの勢いでそうまくし立てた娘の様子に、子爵が明らかに圧倒される。

 子爵としても事実を知ったのは昨日なのだから、無茶を言うなという感じだろうが、鼻息が荒い娘を宥めるように言葉を継いだ。

「あ、ああ、そうだな。だからこれからはエミーリアの力になってやろうと思っていてな」

「当然です!」

 上品そうな外見とは違い、パルファは意外と熱い人物のようだった。

「お姉様、お客人の前で唾を飛ばしてはしたないですわよ」

 そして、そんな姉に妹の冷静な突っ込みが入る。

「無作法な娘で申し訳ございません、リブラ様」

 それらを総括するようにやんわりとした夫人の声が上からかぶさる。

「いえ、無作法などと、お気になさらずに」

 ひたすらにこやかにリブラ教官が返した。

「でも、本当にエミーリアがお世話になっていて感謝いたします」

「そのような勿体ない」

「いや、確かにあなたがいなければ、この子がここに辿り着くこともできなかった。それに対して何かお礼をさせていただければ」

「そのようなお礼など、エミーリアには王都に来てからよく働いてもらいましたから」

「そういえば、そのことについてもお話が」

 子爵がそう言った時である。

 ノックもなく食堂の扉が小さく開かれるのが、壁に立て掛けられていた私の視界に映った。

「フェイアお嬢様、お待ちください!」

 やや歳がいった女性の声と共に、小さな影が食堂に入って来る。

「あら、フェイア。目が覚めたのね」

 そう言って、パルファが立ち上がった。

「おかあちゃま!」

 小さな影、3、4歳くらいの子供がそう言って彼女の下にやや頼りない足取りで駆け寄っていく。

 そして、パルファがその子を抱き上げた。

「エミーリア、この子は私の娘のフェイアよ、今年で3歳になるわ」

 エミーリアは、席から立ち上がって一礼する。

「はじめまして、フェイア様。私はエミーリアと申します」

「エミーリア!」

 何が面白いのか、母に抱かれたフェイアはきゃいきゃいとはしゃぎながら、エミーリアの名前を連呼した。

「申し訳ございません。目が覚めてすぐこちらの方へと走ってきてしまい」

 先程聞こえた声の主らしき髪を白くした年配の女性が、そう言い頭を下げる。

「よい。ということは、フェイアの昼食はまだなのだな?」

「はい、まだお昼寝からお目覚めになったばかりでございます」

 子爵の言葉に白髪の女性がそう返答した。

「なら、一緒にご飯を食べようかフェイア」

 そう言った子爵の顔からはジジ馬鹿オーラが押さえきれずに漏れ出している。

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