第51話 ドリームマスター

<トーサン、大丈夫か>

 まるでエミーリアが寝入るのを待っていたかのようにリブラ教官の思考通信が入る。

<大丈夫ですよ、エミーリアもちょうど寝たところです>

<そうか、あなたもまだマナ還元のダメージが残っているはずだから、何かあったらすぐ連絡してくれ、すぐ駆け付ける>

<無茶をしなければ大丈夫ですよ、で、何か話ですか?>

<今日のことだ>

(まあ、そうなるかな)

 目にしたのだから気にするだろう。

<これは教官としてではなく、あくまでも個人的な興味として聞くのだが、あの時イレギュラーズと『傷』を封印したあの魔法、見るのは2度目だが一体何なのだ、単なる固有魔法ではないように思うのだが>

 確かに前回発動した時もリブラ教官はその場にいたことを思い出す。

 そして固有魔法ではないと考える理由もその時にあった。


<なぜならあれを最初に発動した時、あなたは魔法を知らないし使えなかったはずだから>

 それは私が境界図書館に流れ着き、確保された直後の出来事だった。

 もちろんそのころは境界図書館がどういう場所は知らなかったし、魔法という技術を操る術などもなかった。

 ただその時の私はその状況を夢の中だと思い込んでいた。

 だから夢の力、<ドリームマスター>と若気の至りで名を付けた能力で『傷』と『あるもの』を封じることができた。

 だが境界図書館を現実として認識して以来、<ドリームマスター>の能力は発動することはなかった。

 いや、そもそも<ドリームマスター>自体とその時の記憶自体が曖昧になっていた。

 誰かに封じられていたかのように。


<そうだったのか、そのような状況があったとは>

 当時と今の状況を説明したところでリブラ教官が唸る。

<それで今はその<ドリームマスター>という能力? 魔法? の使用方法は完全に思い出したのか?>

<それがまた曖昧というか、なぜか上手くいかないという確信があって、恐らく発動は難しいと思います。そもそも<ドリームマスター>自体、夢の世界を変質させる能力で魔法ではありませんから>

<だが聞いている限り、その基本構造は魔法に通じるものがある>

<ええ、だから今日はなんとか発動できたのかもしれません、ですが不確かな能力は今は使うべきではないと思います>

 考えてみれば夢の中の経験を現実に適用しようなんていうのは愚かしい賭けだったかもしれない。

 上手くいったからよかったものの、もしそうでなければ。

 その結果を想像して、思わず身震いした。

<確かにマナの還元現象のことも考えるとその能力を戦力として当てにするのはやめた方がよさそうだ。もしかしたらあなたの記憶が曖昧なのは自分の身を守るためのリミッターのようなものかもしれない>

 確かにその可能性はあった。

 どちらにしろ、今は使えない能力と思った方がよいだろう。

<とりあえず事情はわかりました。詳しいことについては任務から帰ったらまた>

<はい、ご迷惑をおかけして申し訳ありません>

 一瞬、間が空いた。

<ふふ、トーサンに迷惑はかけられるのはいつものことではないですか>

 耳が痛い。

<それに昼間トーサンも言っていたではないですか、人は生きている限り迷惑をかけると>

 昼間のことを思い出し、恥ずかしさに悶絶する。


<ところで教官、実はいくつか気になっていることがあるのですが>

 一通り悶絶した後で教官に話を振ってみる。

<何ですか?>

<まず、押し入った強盗たちが教官やアキラのことだけでなくエミーリアの事も知っていたことです>

 お頭は確かにエミーリアの名前を口にしていた。

<それは恐らく情報の出所がエミーリアの周辺だからだろうな>

 教官の口調に硬さが加わる。

<やはりそう思いますか>

 いくつかの可能性と顔が思い浮かぶが、どれも証拠はない。

 ただ言えることは、その人物がエミーリアがどうなっても構わないと思っているということだ。

 そのこともあっての身辺警備なのだが、彼女には自分の周囲の人間が情報を売ったかもしれないという事実は伏せていた。

 ただ、もしかするとお頭が彼女の名前を出したところで彼女も気づいている可能性もあるが。

<それとブドルク男爵夫人とエミーリアの関係です>

 これまで見てきた様子だと、ブドルク男爵夫人はエミーリアのことを疎ましく思っているのは確かだった。

 そしてあの男爵夫人の性格なら、男爵が死亡した時点でお荷物にしかならないエミーリアを追い出そうとしても不思議ではない。

 だがそれをせずに夫人は彼女を今でも手放さずにいるのはなぜか。

 ただ単に安い労働力が欲しいというのとも何か違うような気がしていた。

 そのことをリブラ教官に伝えると沈黙がおりる。

 迷い込んだ風が壁の隙間を抜けて小さく笛のような音を鳴らした。

<トーサン、あなたはそこにエミーリアの出生につながる何かがあると考えているのですか?>

<可能性はあるかなと>

<ふむ、その線からエミーリアの出生について追ってみるか>

<それともう1つ>

<何でしょう?>

<ローガンの件です>

 結局あの後、そのまま帰らせてしまった。

 確かに弟子入りを条件に我々のことについてセントバンスさんに報告しないと約束したが、こちらが半ば騙しているように、向こうもその約束を確実に履行するとは限らないのだった。

<心配ですか?>

<ええ、もしセントバンスさんに我々のことが知れた場合のことを考えると>

 状況が一気に悪化する可能性もあった。

<確かに、そのリスクはあるが、私はさほど心配する必要はないかと思っています>

<なぜですか?>

<あなたの「なんとなく」と同じで、私の「女の勘」というやつですよ>

<女の勘……ですか?>

 どうにも任務中の彼女にしては似つかわしくないような気がする言葉に聞こえた。

 確かに彼女の直感は優れているが、それはどちらかといえば戦場で培った経験則の上に成り立っているように感じていたからだ。

 それは女の勘といっていいのだろうか。

<何か?>

<いえ、なんでもありません>

 再び沈黙が降りた。

<それらのことは夜が明けてから、見張りをさせておいてなんですがゆっくり休んでください>

<はい、まあ教官との共鳴のおかげでもう大分いいですからね>

<それは良かった。だが、今日はよくやって……、本当に頑張ってくれました>

<珍しく教官からお褒めの言葉をいただけるとは、これは帰ってから特別賞与でも期待できますかね>

<はは、考えておこう。これまでの諸々のことと差し引きした上でだがな>

<はははは……>

<はははははははは>

 大きな月の下、夜はこうして更けていった。

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