第49話 形見
「と、いうわけでエミーリアには、舞踏会に出席してもらいそこで王子と会ってもらおうと思っている」
エミーリアの魂を引き戻した私は、エミーリアと王子を舞踏会で出会わせる計画を立てていることを説明した。
しばらく挙動不審が続いたエミーリアだったがそれでも辞めるとは言いださなかった。
王子妃になる話を出したらどうなったかはわからなかったが、彼女は、ただ王子と会って友達になればいいくらいに思っている。
今はそれでいいのだ。
歩き始めた雛鳥にいきなり高すぎるハードルを与えても仕方ない。
甘いと言われるかもしれないが。
「でも、今度の舞踏会は貴族籍を持っている人しか出れないんですよね。あと偉い貴族様の紹介もないと」
「ほう、よくそのことを知っているね」
リブラ教官が少し驚いたような顔をする。
「奥様が言っていたのです。それに今回、奥様はお嬢様方と舞踏会に出席するためにわざわざ毛嫌いなさっている義弟君にお願いにいっていますし」
なるほど、ブドルク男爵夫人が義弟の邸宅を訪問していたのはその理由だったのか。
「そこは魔法でなんとかするんじゃないんすか?」
さも当然といった口調でローガンが言う。
「無論、どうしても必要があればそうするが、魔法はできるだけ非常事態でだけ使用したい」
リブラ教官の言葉に彼はが椅子に座ったまま上を向く。
「そっすかー、だとすれば、貴族籍や紹介をなんとかしないとだめっすね」
その顔は何かを考えているようだった。
私は改めてエミーリアに声をかける。
「その点についてはエミーリア、君に尋ねたいことがあるんだ」
「なんでしょう? ホウキさん」
「ホウキさんじゃない、先生はトーサンさんす」
「申し訳ありません」
ローガンの嬉しくない指摘に慌ててエミーリアが頭を下げる。
日の光に照らされた灰色の髪はやはりあまり艶がなかった。
「いや、気にしなくていい。ただ、ホウキさんでも、トーサンでもいいけど、逆にトーサンさんはなんだか違和感があるのでやめていただければ」
「あ、はい、承りました」
「……。とりあえず、君に尋ねたいのは君のご両親のことだ。どちらかが貴族籍に関係しているのではないかな」
「え?」
エミーリアが驚いた顔をする。
「なんで、急にそんな」
「まあ、詳しいことは言えないのだけど、星の巡りなどから見ると君は貴族籍を有している、もしくはこれから有するはずなんだ。だとすれば君のご両親が関係してくる可能性が高い、だから詳しく教えて欲しいんだ」
彼女が知る二親の情報は少なかった。
母親がエミーリアが生まれる少し前に、地方から王都にやってきたということ。
父親については尋ねたことがなかったこと。
母親もごく一般の庶民で、貴族の出という感じではなかったこと。
特段、昨日教官たちが聞いた話に付け加えるようなものはなかった。
「あとは、お母さんの形見のペンダントがあるくらいで」
「もしよかったらそのペンダントを見せてくれないかな」
「はい」
そう言ってエミーリアは胸元を探るが、突然立ち上がって自分の全身に手を這わせ始める。
「ない!」
明らかに血の気が引いたその表情から何がないかは一目瞭然だった。
「今日は付けてきていたのかい?」
「はい」
「ということは、さっきの野盗騒ぎの時か?」
急遽、全員での家探しが始まった。
「あった、ありました!」
程なくして棚の下を探っていたアキラが声をあげた。
「エミーリアさん、これですよね?」
ついていた埃を払い、アキラが手に乗せたロケットペンダントを彼女に見せる。
「はい、よかった……」
エミーリアがその場で座り込む。
正気を失い逃げていった野盗が持ち去っていてり、イレギュラーズと共に傷の向こうに行っていたらことであったが、なんとかその最悪の事態は避けることができたようだった。
「でも、このペンダント、チェーンが壊れてしまってますよ」
見ると確かにチェーンが千切れてしまっていた。
「あ、以前から少し壊れかけていたんですけど、今回のことで切れてしまったんですね」
「ん~、ちょっとオイラに見せてくれるっすか?」
アキラがエミーリアの方を見ると、彼女はうなずいた。
それを受けてローガンにペンダントを手渡す。
「こいつは他の箇所の鎖も痛んでるっすね。よくこれまで千切れなかったもんす。しかしチェーン自体はかなりいい金が使われているっすね」
どうやらセントバンスさんの下で働いているだけあって、こういった目利きなどもある程度できるようである。
「でも、これなら元のチェーンをそのまま使って修理できそうっす、オイラのツテで格安にできますけど、どうします?」
「あ、私、お金は全然持っていなくて……」
「修理代はこちらで出そう」
リブラ教官の言葉にエミーリアが慌てて恐縮する。
「そ、そんな、ご迷惑をおかけするわけには」
「迷惑などではない、恐らくチェーンが切れたのも今回の騒動が原因だし、その詫びも兼ねて、な。それに我々はもう仲間ではないか、少しは仲間を頼ってくれて構わないと思うが」
「仲間?」
「そう、この王都を災厄から救うための仲間だ」
リブラ教官は座り込んだままだったエミーリアに手を伸ばす。
「ありがとうございます」
エミーリアは立ち上がると、ローガンに頭を下げる。
「ローガンさん、お願いしてよろしいでしょうか」
「ローガンでいいっすよ。じゃあ、大切に扱うからしばらくの間、預からせてもらうけどいいっすか?」
「お願いします」
「はい、承ったっす! と、その前にこのペンダントに手がかりがあるかどうか調べるんすよね」
ローガンは改めてペンダントを手にして一瞬妙な顔をしてた。
「これロケットみたいすけど、中は何が入っているんすか?」
「え、母の肖像ですけど」
「開けていいすか?」
「ええ」
ローガンがロケットの蓋を開く。
私とアキラが後ろから覗き込むと、確かにそこにはエミーリアと面影を同じくする若い女性、いや少女の肖像が収められていた。
だが、それ以外は特にエミーリアやその両親に繋がるような情報を得ることはできなかった。
「他に、何か手がかりになるようなものは?」
リブラ教官の問いにエミーリアは首を横に振る。
「昔、住んでいた場所の人なら何か知っているかもしれませんけど、私はまだすごく小さくてどこに住んでいたかも覚えていなくて、すいません」
「いいや気にしないでくれ、こちらでもまだ調べる手段はある。あと貴族の紹介については」
教官がローガンを見る。
「ああ、セントバンスさんに相談するんすね。だったら早い方がいいと思いますよ」
「本当だったら、今日はそのためにカナン商会に赴く予定だったのだがな」
そういえばそうだったと今更ながら思い出す。
今日は、いきなり様々なことが起こりすぎた。
「とりあえずはそれは明日に回すことにしよう。それに今はその前にやることがあるからな」
皆が教官を見る。
「とりあえず昼食を食べに行こう」
真面目な顔で教官がそう言った。
そういえば、すでに昼の時間を大きく過ぎていた。
そして、誰かのお腹が鳴く音が静かに響いた。
見ると、ローガンを除くそれぞれが明後日の方向を見ていた。
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