第47話 年寄りの戯言
「今からちょっとくさいことを言うけど、年寄りからのお節介だと思って少し聞いてほしい」
彼女となぜかローガンもこちらに体をまっすぐ向けた。
「まず、君は自分は主人公になれないというけどね、人は誰しも、『自分の人生』という死ぬまで逃げられない物語の主人公だ」
「だとしたら……、私の物語は随分とみすぼらしい出来損ないの物語ですね。あ、申し訳ございません」
彼女の心の中にわだかまっているものが、ついその唇からこぼれ出たのだろう。
「そうかもしれないね。君自身がそう思っているなら」
私の慰めの言葉でも予想していたのだろう、彼女の目が驚いたように少し見開かれた。
「でも、それがどんなにみすぼらしくて出来損ないの物語だろうと、誰にも注目されないようなものでも、君だけはその物語から目を逸らすことはできないんだ。生きている限りはね」
「地獄みたいですね」
また彼女は思わずといった感じで漏らした。
「そうだな、時にそれは絶望的な事実だ。でも同時に、どんな物語もハッピーエンドになる可能性がある。これもまた事実だ」
「無理ですよ。私には……。だって他の人のようにうまくやれませんし……、迷惑はかけたくないですし、それに今必要とされているのも、私がその片割れ? を持っているからで、私自身に価値があるからじゃないから」
「そうだね。今回の王都の件に関しては、片割れを持っているから君には価値がある」
<オトーサン!>
アキラが思考と共に非難する眼差しを向けてくるが無視する。
ほら、という顔をエミーリアがした。
「だが、今回の件の中での価値と、君自身の価値とはまた別の話だ」
灰色の瞳の中の光が揺らめいているのは、私の定まらない視界のせいだけではないだろう。
その心に問いかけた。
「エミーリア、君は自分の物語をどうしたい?」
しばし、瞳を伏せて考え、彼女は首を横に振った。
「わからないです」
「そうか、でも、もし君が君自身の物語を良いものにしたいのなら、前に進むことを諦めてはいけない。例え、翼を持った鳥が空を行き、駿馬が遥か後方から来て追い越し彼方へと消えてく中、君の歩みが這う虫のようでも」
比べてしまえば世の中には常に上には上がいる。
それにすべて勝とうなどと思えば、勝たなければ価値がないと思うのなら、確かに人生は地獄だ。
だが人の歩みは比べるためにあるものではない。
「過去がどうであれ、他の人と比べ己の歩みがどれだけ遅かろうが、前に進む意思があれば人はより良くなっていける。そう私は信じてる。今日は昨日より、明日は今日よりも」
今、彼女は恐ろしく狭い世界に捕らえられ、また自分で閉じこもってしまっている。
そこから抜け出すには世界がずっと広いことを知ること、そして前に進むこと、その意義を知ること。
きっと私たちとの出会いは、彼女に世界の広さを伝えることができる。
ならば後は、自ら進むことを選ぶ意思。
「他の人と比べるだけで、己の価値を決めるようなことはしないで下さい」
深く穏やかに届くようにと願い声をかける。
確かに何かと比べなければ価値はわかりにくいものかもしれない。
だが、比較値ではなく自分自身の絶対値で見ることも大切なのだ。
「あなたが自分の足で歩んで積み上げたものを信じてください」
それは些細なものにしか見えないかもしれない。
だが。
「それは誰にも奪われない、あなた自身の確かな価値であり宝なのだから」
正直、自分で言葉を論理的にコントロールできている自信はまったくない。
いろいろと見失っている気もするが、今は目の前の少女にほんの少しでも言葉を伝えたいと思っている。
彼女が光を掴むために。
窓からの穏やかな光が、揺蕩い舞い流れる埃をキラキラと輝かせているが見える。
恐ろしく時が過ぎるのゆっくりな感じがした。
その中にで言葉を紡ぐ。
「疲れたら止まってもいいんです、誰かの肩を借りてもいい、生きていれば必ず誰かに迷惑をかけるものです。それが申し訳ないと思うのならいつかあなたが誰かに肩を貸してあげればいい、迷惑を掛けられた時には笑って許してあげればいい! 世の中も人生もそうやって良くなっていくんです」
自分でももうめちゃくちゃだなと思いつつ最後の言葉を放つ。
「そしてあなた自身の物語を愛してあげてください。それは決して無価値ではない。なぜならそれは、これからさらに良くなることができる大切な物語なんだから」
私の言葉が終わると深く重い沈黙に部屋が沈んだ。
正直、気恥ずかしさで思い切り床を転げまわりたい。
「あの……」
しばらくして、恐る恐るという感じでエミーリアが口を開いた。
「そのお話と私が協力することの関係はなんでしょうか……」
視線が集まる。
「関係は……ない」
最後の言葉は消え入りそうになった。
「ただ君に伝えたい思いの丈というか、なんかがあって、まあ、なんだ、色々と……」
私の羞恥心は限界値を振り切って噴き出しそうだった。
「ぷっ! ふふふふふふふ」
しかし先に噴き出したのはエミーリアの方だった。
「申し訳ございません。でも、あまりにも一生懸命に脱線されていたので、つい、つい」
彼女は腹を抱えるようにして下を向いてしばらく笑い続けた。
だが笑いはいつの間にか姿を消し、小さな嗚咽が部屋に漏れ始めた。
「申し訳、ありません。なんだか、訳がわからないけどホウキさんの言葉はうれしくて、でも、でも、なんだかとってもここが痛くって……」
その手は胸元を握りしめていた。
「君はそんなに胸が痛むほど傷だらけになって、でも今まで歩んできたんだね。がんばったね」
嗚咽が少し大きくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます