第46話 おとぎ話

「私が力を貸す……、みんなを助けるために」

 エミーリアは信じられないという顔をする。

「そう、君の協力が必要なんだ。エミーリア」

「一体何を」


 さあ……、おとぎ話を始めよう。

「今、この王都とその周辺では犯罪が増えているのは知っているかい?」

 その言葉にエミーリアの反応は薄い。

 彼女の状況からわからないでもないが、思った以上に彼女は接している世界が狭いのかもしれない。

 ただ、さきほどのことを思い出したのだろう再びその表情が固くなる。

 そこへローガンが口を開いた。

「商会の方でも問題になってるっす! 街道の野盗とか、地方から窃盗を目的とした集団が王都が入りこんできているって、あとここ最近は人さらいの事件もあったっす」

 どうやら、その話には覚えがあったらしいエミーリアが反応する。

 これで少し彼女の中でも話がつながりやすくなるだろう。

「そして、今日の怪物」

 私の言葉にエミーリアが体を小さく震わせた。

「実はさっき彼が言った人さらいの正体も、あの化け物の仲間の仕業だ」

「え! そうだったんすか?」

 ローガンが驚く。

「でも、犯人は死んだって噂がありますよ」

 そこで私は人さらいが人に取り付くタイプの化け物だったこと、私たちがその怪物を倒したことを説明した。

「そんなことが……」

 怪物を直に見た後でも、信じられないといった感じでエミーリアが呟く。

「確かにセントバンスさんも、何か裏の事情があるって言って探っていたみたいですけど、そんな裏話があったなんて!」

 ローガンが妙に目を輝かせて我々を見ていた。


「で、話を戻すけど」

その言葉に2人の視線が改めて私に集中した。

「それらは、ある星の巡りが狂ったことによって起こっているんだ」

 その言葉にリブラ教官は微動だにしなかったが、アキラは2人と共に固唾を飲んだといった眼差しでこちらを見ていた。

<アキラ、一応同じ魔法使いということになっているんだ。もう少し自然に>

<すいません>


「星の巡りですか? 星ってあの空にある」

 エミーリアの言葉にうなずく。

 ただ相手には伝わらないのだが。

「ああ、天の星の巡りと地の出来事というの実は密接に関係しているんだ」

 あっ、と何かを思い出した顔を彼女がした。

 そして、おずおずと口にする。

「それなら聞いたことがあります。星の動きを見て天気や吉凶を占う学者さんがいるって」

 どうやら星あるところに星を読む人ありのようだ。

「そう、私たちもそれと同じで、だけど我々独自の方法で星の巡りを観察していたのだが」

 言葉をあえて切る。

 ローガンはまさに好奇心をむき出しにした感じで言葉の続きを待っていたし、エミーリアも先ほどよりも体がこちらに近づいていた。

 こちらの表情が読み取れないこともあるだろうが、次に発せられる言葉を聞き逃すまいと集中しているようだった。

 良い傾向だった。

 特に恐怖から気を逸らすことができるという意味では、エミーリアには。


「ある時、我々は大変な異変が星空に起きているのを見つけた」

 誰かの椅子の足が床を擦る音が聞こえた。

「なんですか?」

 ローガンがかなり前のめりになって聞いてくる。

「君たちは双子星を知っているかい?」

 その言葉に2人とも首を横に振った。

「双子星は、その名前の通りに双子のように常に離れず夜の空にある星なんだが、ある双子星が互いをつないでいるつなぎ目を失ったんだ」

 気づくとリブラ教官まで興味の視線をこちらに送ってきていた。

「つなぎ目を失った双子星は、星の流れの中で徐々に距離が離れ始めた」

 エミーリアの視線がわずかに上を向いた。

 もちろんそこには星空どころか、空もないのだが。

「通常、双子星は引き離されてることはない。だが、今回はそれが引き離された、そしてその裂かれた星と星の間に、文字通り空の裂け目が生まれたのだ」

 先程注意したばかりなのにアキラがものすごく熱心にこちらを見ていた。

 気づかれないように素早く話を終わらせてしまった方がよさそうだった。

「そして、その引き裂かれた空間から災厄が零れ落ち始めた。この王都周辺に!」

 最後のの一押し。

「その災厄を祓い、問題を解決するために王都に我々は来たのだ」

 

 だれとなく大きく息を吐いたのが聞こえた。

「今、星に起きた異変で王都で悪い出来事が起こっているのはわかりました。でも、それが私と、私がみんなを助けるために力になるのとどう関係があるのでしょうか」

 エミーリアは両の手を合わせてこちらに身を少し乗り出す。

 まだ恐怖も混乱もあるようだが、それでも言葉に微かな熱を感じる。

「それはね、エミーリア」

 私の声にエミーリアがうなずく。

「君が失われた星のつなぎ目の『片割れ』をその身に宿しているからだよ」

「つなぎ目の『片割れ』?」

 その細い首が小さく傾く。

「実は双子星をつないでいた『運命のつなぎ目』は地に落ちていたんだ。それは2つに分かれて2人の人間の身に宿った」

「その片方が私だと?」

「そうだよ、エミーリア」

「すげー!」

 ローガンが驚いた表情を浮かべてまじまじと彼女を見た。

 その視線を受けてエミーリアが恥ずかし気に身を縮める。

 ローガンは今度はこちらを見た。

「じゃあもう1人、その『片割れ』ってやつを持っている人が王都にいるってことすか?」

「そう、その分かれたつなぎ目を持つ2人が出会い、然るべき方法をとることでつなぎ目を空に戻すことができる」

「そうすれば双子星がまた元に戻って、王都の災厄が収まると?」

「そう、だから君の力を貸して欲しいんだ、エミーリア」


 私の言葉にエミーリアは下に向く。

「できるんでしょうか? 私なんかに」

「やっちゃえよ! オイラだったら喜んで協力するっす! なんだか物語の主人公になったみたいじゃないすか! それにみんなの、大切な人の役に立てるんすよ! もちろんオイラだってできることは協力するっす!」

 ローガンの言葉にエミーリアの動きが止まる。

「私が……主人公?」

 そう言って彼女は少しだけ顔を上げてから、すぐに先ほどより深く下げた。

「でも、私なんかは主人公になれるわけない……」

「そんなことないっす!」

 否定するローガンにエミーリアは首を横に振る。

「だって私は役立たずで、汚くて、意気地なしで、価値がない人間だから」

「そうかな?」

 エミーリアがこちら見る。

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