第45話 優しい話?

「そんなに簡単に自分の役目のことを明かしても大丈夫なのかい?」

 ローガンが明かした情報に思わず私は心配して尋ねてしまった。

「まあこんな状況ですから構わないっす、それにセントバンスさんには現場での判断は任されてますから」

 恐らくこの才能あふれる少年のことをよほど信頼しているのだろうが、まさかセントバンスさんも密やかに監視していることを明かすとは思っていないのではないだろうか。

「そもそも監視といってもオイラ1人で皆さんのだいたいの様子を探る程度でしたし、それにリブラお嬢様には最初から気付かれていたっしょ?」

 ローガン少年はさらっとそう言うと、教官の方を見た。

「ああ、初めてカナン商会にいった後から監視されていたのはわかっていた」

 それを聞いてローガン少年は少し悔し気な表情を浮かべて頭を掻いた。

「正直、オイラは人に気づかれずに後をつけたりするのには自信があったんすけど、それに途中でわざと監視を外したりしてみたり工夫したんすけどね」

「そうだな、確かにその歳にしては見事なものだが、まだまだ未熟な点もあるし今回は私が相手だったのが運の尽きだな」

「そうかー、魔法使いっすもんね~」

 納得したような声を上げる。

(それにしても)

 カナン商会で初めて見た時、そしてセントバンスさんの使いとして訪れた時、それらと比べると随分とキャラクターが違う。

 年齢相応といった感じであるから、きっとこちらの方が素なのかもしれない。


「まあ、オイラのことはいいっすけど、エミーリアさんも気にしているのでさっきの化け物のことを教えくれませんか」

 少年の瞳に真摯な光が宿る。

 それを受けたリベラ教官が私に思考通信を送ってくる。

<トーサンすまない、彼らへの説明をお願いしてもいいだろうか>

<えぇ?>

 リブラ教官は続けた。

<私ではどうしても強引に話をすすめてしまいそうだ。彼らを納得し安心させることができる優しい話を今ここで作れる自信がない>

 彼女が自信がないと言って、誰かに仕事を託すのを初めて聞いた気がする。

 頼られると見るべきなのか、それとも溺れた先の藁なのか。

 一瞬、悩んだが決めた。

<わかりました。でも、どうなっても知りませんよ>

 最後のは、責任逃れのための、せめてもの言い訳である。

 ここで男らしくすぱっと「任せてください」の一言がない小さい男。

 それが私である。

<ああ、責任は私が負うから心配しないでくれ!>

 そして口だけではなく、本当に責任を背負う覚悟ができるのがリブラ教官で、そんな彼女に責任を負わせてしまっているのはこれまた私。

 自分の小者さに辟易する。

 だから、少しくらいは彼女の望みを叶えてあげたい。


「あの怪物のことや、我々が今ここにいる目的については私が説明するよ」

 私はそう言いながら【浮遊】の魔法で起き上がる。

 テーブルの上というのはどうにも居心地が悪い上に、これから話をするには体勢的によろしくない。

 しかし、まだマナの還元現象による影響で視界と姿勢が安定しない。

 直立するのも難しく、波に弄ばれる小舟のように右に左へと揺らいでしまう。 

 だが唐突にその姿勢が安定する。

 見るとリブラ教官の白い手が後ろから私を支えていた。

<どうすればいい?>

<じゃあ、降ろしてテーブルに立て掛けてください>

 リブラ教官は己の横に私を降ろして立て掛ける。

「ホウキの旦那は大丈夫っすか?」

 ローガン少年が、本当に心配した様子でこちらを見ている。

「さっきの怪物をこの世界から追い払うのに力を使いすぎただけで、大丈夫だよ」

「オイラは最後の方の顛末は見てないんすけど、ホウキの旦那があの怪物を追い払ったんすよね」

「まあ一応ね。リブラ教、じゃないリブラ……が、いなかったら危なくはあったけどね」

 リブラ教官のことをどう言ってわからなかったので、とりあえず今は呼び捨てにする。

「すげー!、どうやったんすか?」

 ローガンが身を乗り出してくる。

 その時だった。

 それまで椅子の上で身を小さくして押し黙っていたエミーリアが唐突に口を開いた。

「あ、あの! もう、あの怪物は現れないんですか!」

 それは非常に強い、切羽詰まった言葉だった。

 思わず全員の視線が彼女に集まる。

 しかし、エミーリアはその事にも気づかない様子で私の方をまっすぐ見ていた。

 その目には恐怖と押しとどめることができない不安が溢れているのが手に取るようにわかる。

 あんな経験をすれば当然だった。

 

「ああ、あの怪物はもう現れない。完全にこちらの世界から切り離して閉じ込めたから」

 ゆっくりと彼女の心に沁み込むよう、ぬるい風呂の湯が体を包むような優しさそんなイメージで言葉を発する。

「本当?」

「本当です」

 彼女を内側から張り詰めさせていた空気が静かに抜けるのを感じた。

「じゃあ、もうあんな怖い目にはもう遭わなくていいんですね」

 可愛そうだが、それは否定しなければいけなかった。

「いいえ」

 ゆっくり冷水を流し込むようにそれだけを答える。

 緩みかけていた彼女の瞳に緊張が再び走り、こちらを向く。

 ローガンが口を開きかけるが、こちらの気配を察したのか何も言わずに閉じる。

 本当に優秀な子である。

 羨ましい限りだ。


「残念だけど、今、この王都ではまたあんな化け物が現れる可能性は否定できない。そして、君がそれに遭遇する可能性も」

 その言葉にエミーリアが両手を合わせて強く握る。

 私はマナで彼女のその震える心と体に寄り添う。

 魔法でもなんでもないただの願いを込めた共感。

「どうしてそんな! 私が、私が何か悪いのですか!」

 今、体があれば表情や仕草でもう少し彼女の不安を取り除いて上げられたかもしれない。

 でも今は気持ちと願いを乗せて言葉を積み上げるしかない。

「君が悪いんじゃない。今の王都はそういう状態に陥っているんだ。そしてだから私たちが来た。君たちを、君を助けるために、エミーリア」

「私を、助けるために……?」

「そう、君を助けるために。そして同時に」

 エミーリアの瞳をまっすぐとみる。

「みんなを助けるために君の力を貸して欲しいんだ、エミーリア」

 その言葉に彼女の瞳が大きく見開かれた。

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