第44話 還元現象

 体中を蝕む不快感に意識が覚醒する。

 どうやら意識を失っていたらしい。

 同時に体中の不快感の正体がひどい痛みであることを認識する。

「ぐあ!」

 思わず漏らした呻きと共に視界が開けた。

「リブラきょ様、トーサンの意識が戻りました!」

 目の前にアキラの顔があった。

 その声すら今は痛い。


「トーサン聞こえるか?」

 エメラルドの瞳がこちらを覗き込んだ。

「つらいだろうが私と【共鳴】をするんだ、調整はこちらでやるからただ発動すればいい」

 そう言って、リブラ教官は私の身体を静かに握った。

 訳がわからなかった。

 しかし、教官は問答無用で進めていく。

<思考詠唱でいく。合わせろ>

 その言葉と共にリブラ教官は思考通信の中で【共鳴】詠唱を行う。

 訳はわからないし、色々とめちゃくちゃだが私もそれに従う。

<<《分かたれた我となれとを一にして、八重波寄りて大波と成す》>>

 全身を棘がついた茨で包まれるような痛みの中、なんとか詠唱を合わせる。

 そよ風が吹いただけで崩れ去りそうな脆弱なイメージを結ぶのが精いっぱいだった。

 こんな状態だが、リブラ教官のコントロールのおかげだろう共鳴が成立する。

 2人の狭間でマナが繋がり重なり、されど交わらずに高みへと昇っていく。 

 やはり元々こちらのマナ量が少ないために共鳴の効果は非常に小さかった。

 だが、それとは別の思わぬ効果が表れる。

 体全体から痺れと痛みが少しづつであるが引いていっていた。

 肉体の再生能力を高める【再生】の魔法に近い感覚である。

 ただし、明らかにそれとは違う部分があった。

 具体的には言うには難しかったが、肉体的な再生だけでなく、何か体の中でバラバラになっていたものがつながっていく感覚があった。

 やがて共鳴したマナが徐々に弱まって終息する。

<トーサン、どうだ?>

<大分、楽になりました。でもなんで共鳴を?>

<マナの還元現象を起こした後には、体の各所でマナの流れが断裂を起こすそうだ。それを直すにはマナの働きをより強くする【共鳴】が一番らしい>

 マナの還元現象。

 マナはすべての物質の元になっている万能物質だ。

 同時にすべての物質はいずれマナに還るとされている。

 魔法を使用する際は、体内や大気中、物質の中に眠る余剰マナを利用するのだが、行使に必要なマナが足りない場合、極々稀ではあるが、魔法の使用者や物質の構造そのものを崩壊、マナに返還し補うことがある。

 それを『マナ還元』と言い、最悪、死ということもあり得た。

 どうやら、私はそれを起こしていたらしい。

<そうなんですか……>

<私も昔、1度だけやってしまった時にドクに教えてもらったのだ>

 丸眼鏡をかけた飄々とした男の顔が脳裏をよぎる。

 今頃、私の体も彼のお世話になっているはずだ。

 

<エミーリアは?>

「無事だ、君のすぐそばにいる」

 教官が指し示す方、確かに思いのほか近い距離で心配気な表情をしたエミーリアがいた。

 よく考えるとまるでベットで横たわっているところを囲まれているようにアキラ、リブラ教官、エミーリアの顔がある。

 一体、ここはどこなのかと視線を回すと、足元に思わぬ人物がいた。

 ローガン少年だった。

 そして、どうやら私はテーブルの上に寝かされているようだった。

 ホウキをテーブルの上に寝かせるというのは衛生上どうなのだろうかと、こんな時にも関わらず思ってしまう自分がいる。

(しかしローガン少年はあの後、逃げずに戻ってきたのか)

 結果はどうあれ、彼にも助けられたので礼を述べなければならないだろう。

 そこであることを思いだす。

<男たちは!>

 周囲に男たちの姿はない。

「ああ、彼らは逃げていったよ。あの様子ではどれだけ正気が残っているのかも怪しいところだが」

 故に放っておいても大丈夫だろうとリブラ教官は言った。


「オイラたちも、そこのホウキの魔法使いさんがいなかったら、あいつらと同じようなことになってたんすか?」

 物怖じしないといった感じでローガンが尋ねてきた。

「そうだな、いやもっと酷い状態、それこそ普通に死ぬよりも酷いことになっていたかもしれん」

 リブラ教官の言葉にエミーリアの表情が明らかに引きつった。

「あ、あれは何だったんですか! どうしてあんなことに!」

 一体、自分が意識を失っている間に、何が起こって何がエミーリアたちに明かされたのか。

 とにかく状況が今朝よりもややこしくなっていることだけは確かだった。


「エミーリア、今詳しく説明するから落ち着いてくれ」

 エミーリアを落ち着かせようとリブラ教官が声をかけ、手を伸ばすが、エミーリアは恐れるようにそれから後ずさる。

 昨日開いた彼女の心の扉は大分閉じてしまったようである。

 その様子にリブラ教官の手が途中で止まる。

 そしてこちらを見る。

「トーサン、もう会話はできそうか?」

 どうやら、わざわざ会話ができることを隠す必要はないらしい。

「ええ、おかげさまで、全身酷い筋肉痛状態くらいには回復しました」

 私が声を出すとエミーリアは改めてこちらを驚いた様子で見る。

「ああやっぱりあの時、頭の中で聞こえた声はこのホウキの魔法使いさんだったんすね」

 ローガンの眼差しは興味深々といったところだ。


 それから、私たちは実際の会話と思考通信を交えて現状の確認と情報の交換を行った。

 ひとまず、押し入った男たちの脅威は完全に去ったこと、今のところその騒ぎに影響して誰かが来るということがないこと。

 エミーリアとローガンの2人に我々が魔法使いであることを明かしたこと。

 そしてローガンからは、セントバンスさんに命じられて、こちらの大まかな動向と様子を窺っていたことが明かされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る