第41話 脱出
「夕方か、時間があるな」
エミーリアの返答にお頭が考えるように呟く。
「お頭、どうします? 王都にこれ以上居るのは危険です。ずらかりますか?」
配下の言葉に首を横に振った。
「いや、出ていくにも、先立つものが必要だ、だが今は他にでかいヤマの当てがねぇ、ここで帰ってくるのを待ち伏せる」
配下の1人が自分の背後にいるエミーリアたちを親指を立てて指す。
「こいつらはどうしやす?」
「騒がれると面倒だ、消せ」
「じゃあ、あっしが」
お頭が顎で指示すると、1人の男がそう言い男たちの囲い中から歩み出てきた。
手斧を持ったその手は無造作といった感じでぶらぶらと揺らしながら、男はにやにやとした笑みを浮かべながら、わざとゆっくりした歩調で2人に近づく。
ローガンが彼女を後ろに庇った。
その目は懸命に脱出口を探しているようだったが、男たちは目に嗜虐的な嘲りの光を宿し視線の先を潰す。
「死ぬほど痛いのを長引かせたくなかったら、大人しくしてろよ」
ゆっくり周囲に見せつけるように手斧が頭上に振りあがった。
その時である。
「おい、お前! 手に何を持っているんだよ!」
男の1人が慌てた様子で手斧の男に声をかける。
私が声をかけようと思っていたが、その前に気が付いてくれたようである。
「ああ?」
手斧の男は、改めて自らの振りあげた手を見た。
「ぎゃあ!」
次の瞬間、悲鳴と共に男は手斧を投げ捨てた。
ほぼ同時に他の男たちも悲鳴を上げ、次々と手にした得物を床に投げ捨てる。
重い音が立て続けに響いた。
その音に少し心配したが、男たちはそれどころではなく、必至の形相で床に転がった武器から距離を置く。
「てめえら、一体どうした!」
お頭が椅子を後ろに蹴り倒し立ち上がると、突然浮足立ち始めた配下を一喝する。
「頭! 蛇が蛇が!」
配下の男たちは口々に蛇、蛇と騒ぐ。
「蛇がどうしたってんだ!」
お頭の声に、配下の1人がテーブルの上を指さす。
「頭、蛇が!」
「ああ?」
お頭が自分の傍らのテーブルを見ると、そこには一匹の蛇がいる。
そう見えているはずだ。
お頭は瞬時にテーブルから距離を取った。
そして周囲を、男たちが取り落とした武器を見回す。
「この蛇どもはどっから出てきた!」
お頭はそう言いながら、テーブルを蹴り倒すと空いた蛇がいないスペースに移動する。
多数の物を一度に偽装するのは初めてだったが、上手くいったようだった。
今、私の【偽装】の魔法によって男たちにはそれぞれの武器が蛇に見えているのだ。
それもそれぞれが一番危険だと思う毒蛇の姿に。
だが、効果時間は長くないはずだ。
<エミーリア! ローガン!>
私は二人に同時に【思考会話】を送る。
周囲の異変に呆然としていた2人だったが、突然頭の中に響いた声に顔を見合わせる。
<落ち着いて聞いてくれ! 今、機会を作るから、私が走れと言ったら扉へ向かって外に出ろ! 助けが来ている、いいね!>
エミーリアは訳がわからないといった感じで周囲を見ましているが、ローガンを静かにうなずいていた。
<あと、今見えている蛇は本物じゃないから、踏みさえしなければ大丈夫>
追加の言葉にもローガンは頷き、その手がエミーリアの背中に回され、完全に床についてしまっていた彼女の腰を浮かび上がらせる。
男たちに気づかれぬようにしながらも、まだ細い両足にバネのように力をためいつでも飛び出せる体勢を取った。
(やはり、ただの子供ではないな)
恐らく、私よりも司書には向いているだろう。
その時。
「そこのホウキで追い払え!」
自らは安全圏に移動していたお頭から指示が飛んだ。
彼の次にでかい、ずんぐりとした体格の男が武器の蛇を避けながら慌てたように壁に立て掛けらている私に迫る。
その太い指が私を捉えようとした瞬間。
私は【雷刺】の魔法を男たちに解き放った。
バチッという独特の弾ける音と共に、蜘蛛の糸のように細い紫電が、一瞬、男たちの体を貫き数珠つなぎにしてから消える。
男たちが声にならない悲鳴を上げて、その場で硬直した。
何人かそのまま立っていたが、多くがバランスを崩し鈍い音を立て床に転がる。
その体はどうしようもない筋肉の痙攣に小刻みに震えていた。
極低威力の雷撃で相手にダメージを与え、そのショックで短時間行動を抑制する【雷刺】。
攻撃系統の魔法に関しては、『豆鉄砲』の異名を欲しいままにする私のそれでは有効打こそ望めないが、それでも通常の人間なら数秒間くらいなら動きを封じられる。
その数秒間を無駄にはしない。
私は【飛行】を発動して、目の前で痙攣している肉の壁を弾き飛ばす。
そしてエミーリアたちと扉の間で、立ったままになっている男たちに体当たりをしてまとめて壁に押し付ける。
<今だ! 行け!>
私の合図と共に、ローガンがエミーリアの手を引いて駆け出す。
外に出ることができればなんとかなる。
(早く! 早く!)
男たちを壁に押し付けたままで祈るように2人の姿を視線で追う。
扉までの距離はたった数メートル。
しかし、倒れた男たちの間を抜けて走る2人はひどくゆっくりに感じられた。
だが、もう半分の距離に達している。
扉には男たちによって閂がかけられていたが、今なら十分に間にあう。
(よし!)
そう思った瞬間である。
唐突に2人をつないでいた手が離れた。
ローガンがバランスが崩し前に転がるがすぐに立ち上がり振り返った。
私も何が起こったのかわからずエミーリアを見る。
板張りの床の上に彼女は倒れ込んでいた。
そのワンピースの裾を大きな手が握りしめている。
それを辿ると、先には口の端からよだれを垂らしながら鬼の形相を浮かべるお頭の顔があった。
床に這いつくばりながらも痙攣の残る太い腕で、彼女を逃すまいと引き寄せようとするその姿は黄泉の亡者のようである。
(回復が早すぎる)
強靭な肉体を持っているのか、それとも私の魔法の威力が低すぎたのか。
さまざまな可能性が脳裏をよぎるが、目の前で進んでいる現実の前ではそんなことはどうでもいいことだった。
お頭は口の端から泡を垂らしながらエミーリアをさらに自分の方に引きずり寄せる。
「逃がすかよぉ」
巨躯が猛獣のように跳ね上がり、彼女の上に覆いかぶさろうとする。
「させるかよ!!」
私は体で2人の間に割って入った。
重量級の体を受け止め押し返す。
お頭の体が重い音と共に床に転がった。
視線を扉の方へと向けると、ローガンがこちらに駆け寄ろうとしていた。
その背後ではいつの間にか、扉が小さく開いていた。
(よし!)
そう思った瞬間、背中に突然冷水を浴びせられたような悪寒が走った。
ローガンがその場で足を止める。
悪寒の元凶を求め、視線を回すとそこには恐怖に目を見開いたままのエミーリア。
だが悪寒の元はもっと上にあった。
彼女のちょうど頭上、天井近くから垂直に、肉が盛り上がった傷跡のようなもので大きな亀裂が形作られていた。
グロテスクに脈打つそれは、まさしく『傷』だった。
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