第38話 『シンデレラを育てよう』作戦

 教官が瞬時に立ち上がり短剣を一閃させる。

 ランプの傍らでぴたりと静止したその刃に黄色の光を反射する。 

「リブラちゃんひっどーい! あと1ミリいってたらワタシの脳天真っ二つだよ」

 その微動だにしない刃の下から声が聞こえてくる。

 よく見ると、そこにいたのは手乗りサイズのミチルだった。

「ポラリス様、なぜここに?」

「ん、なんか大変そうだって聞いてね。陣中見舞いとリブラちゃんがちゃんとドレスを着ているかの確認にね」

 リブラ教官が短剣を取り落として、腰のあたりを押さえる。

 同時にミチルが降ってきた刃を転がるようして避けた。

「本当に真っ二つにする気なの!」

「失礼しました!」

 教官が慌てて短剣を自分の手元に置く。

「立体映像なら死ぬことはないでしょうに」

 私の言葉にミチルは、チッチッチと小さな指を振る。

「ただの立体映像じゃないんだな、これが」

 と言って、私の間近に来るとぺしぺしと柄を叩いた。

「感触がある……」

 確かに叩かれた部分に感触があった。

 実体のない立体映像の場合、このようなことはない。

「つまり、実体がある映像?」

「デバイスにそんな機能、ありましたっけ?」

 アキラも興味津々にミチルを見ている。

「私も聞いたことがありません。ポラリス様」

 リブラ教官の声にミチルが小さな胸を張った。

「技術的には大昔からある物だけど、情報デバイスの機能としての追加は実験中よ、今回はたまたまトーサンの予備がその実験用の奴だったのよ」

 しれっと言われたが。

「たまたま実験用の装備が紛れ込むのはちょっと怖いんですが」

「まあ、多少のことがあっても、トーサンなら大丈夫だから」

 無責任に笑われた。

「で、時間もないから話すけど、さっきの計画、ワタシはいいと思うのよね。ということで押し進めちゃってちょうだい」

「そんな急に現れて、しかも理由が『おもしろそうだから』というのは、任務を遂行する上でも無責任に過ぎるのではないでしょうか」

 反論にミチルがリブラ教官の方を向く。

「図書館長のワタシの指示が聞けないと?」

 リブラ教官の身体がビクッと小さく跳ねたような気がするのは気のせいだろう。


 その後、結局リブラ教官がミチルに押し切られる形で『シンデレラを育てよう』作戦(ミチル命名)は開始されることとなった。

「まあ、その代りドレスの下のズボンについては不問にしてあげるわよ」

 そう言いながらミチルは、徐々に光の粒子へと変わっていき姿を消した。

 見るとリブラ教官は引きつった表情を浮かべて固まっていた。


 リブラ教官が復活した後、改めて『シンデレラを育てよう』作戦(ミチル命名)の内容について話し合いが続いた。

 何しろ準備のための時間も考えると、今、煮詰めるしかなかったからだ。

「しかし、いきなり我々が魔法使いだと名乗っても、エミーリアに信じてもらえるのだろうか」

 リブラ教官の言葉にアキラが不思議そうな顔をする。

「魔法を見せてでもですか?」

「まあ、確かにアキラみたいな素直な性根ならすぐ信じてくれるかもしれないけど、エミーリアの場合は警戒からはいるだろうからね」

 私の言葉にアキラは少しむっとしたような顔をした。

「オトーサン、なんだか僕が騙されやすい単純な人間みたいに聞こえるのは気のせいですか?」

「いやいや、素直に褒めているんだよ」

 アキラから明らかな疑いのまなざしを向けられる。

「本当ですか?」

「ああ、本当だよ」

 ランプの光に照らされたアキラの瞳には、まだ納得していない色が浮かんでいるが気にせず私は話を進める。

「さて、話を戻すと彼女を納得させるには、明らかにトリックではないとわかりやすく、かつインパクトがある魔法を示す必要がありますね、ただ彼女を怖がらせるようなものは却下で、その他にも突然現れた魔法使いがなぜ彼女を舞踏会に送り込むのかその理由を考える必要があります」

 魔法使いだと信じてもらうこともそうだが、舞踏会に送り込む理由の方も面倒だった。

「【浮遊】とか【飛行】とかはどうですか?」

「浮遊は奇術としてのマジックではあるしね。あと外で飛び回ると……、たぶん余計な人にまで目撃される恐れがある」

「そうですね……、リブラ教官、何かいい魔法ありませんか?」

 アキラが声をかけた時、彼女はマグカップを持って再び立ち上がるところだった。

 一体、何杯目のお代わりだろうか。

 カフェインの取りすぎが少し心配だ。

 今度からカフェインレスのインスタントコーヒーにしなければ。

「そうだな、私はすでに目星はつけているのだがな」

 そう言いながらリブラ教官はストーブの上にかけてあるケトルを手に取るが、どうやらお湯が残り少なかったらしい。

 お代わりの時にちゃんとお湯の量を確かめて足さないからである。

 今度は傍らに置いてあった水差しを手にするがそれもあきらかに軽そうな感じであった。

「水を足してくる」

 そのまま灯りも持たずに、井戸がある奥の土間へと消えていく。

「どんな魔法なんでしょうかね?」

 その背中を見送ってから、アキラがこちらを見て尋ねる。

「さあ? 【鷹匠】あたりなんじゃないかな?」

 エミーリアが使い魔を怖がらなければ、あの魔法は実にわかりやすいだろう。


 しかし戻ってきたリブラ教官が示した非日常は私の予想とはまったく違うものだった。

 私は反対したものの、アキラがその提案に乗ったことにより、『シンデレラを育てよう』作戦(ミチル命名)はそれを織り込んだシナリオで構成されていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る