第37話 嵐と姫
「私が、か?」
リブラ教官が思い当たる節はないが、といった感じで不思議そうな表情をした。
「はい! 僕がまだ元の世界であの部屋にいた時、教官が嵐みたいに現れて、いきなり非日常の世界を見せてくれたんです」
どんな登場の仕方をしたのか。
アキラの言葉から少し気になった。
さっきの事もそうだが、この人は時折ぶっ飛んだことをしてくれるから。
「そ、そんなに私は、非日常だったか?」
「はい、というよりも非常識でした」
にこやかにアキラが言う。
非日常と非常識はだいぶ違う気がする。
ますます気になってしまった。
「そうだったか……?」
「はい、いきなり部屋の前に来ていた沢山の借金取りの人たちが逃げ出したかと思ったら、ドアがサーベルでバラバラにされて、さらにそれを蹴り飛ばして部屋の中に、それも土足でずかずか入ってきたんですから、正直、あの瞬間は『ああ、誰か知らないけど、僕はここで死ぬんだ』って思いましたから」
(扉を切り刻んでとか)
実に教官らしい。
「あ、いや、あの時は状況から、部屋の中で君が非常事態になっているのではと思って……」
リブラ教官が身を小さくする。
「でも教官が『さあ、ここから出るぞ!』って手を差し出してくれたから、その姿を見たから、だから僕はあの部屋を出ることができたんです」
聞いていると半ば以上脅迫ではないかと思ったが、語るアキラの言葉には光があった。
きっと雷光のバーサーカーはその非常識の嵐と差し出した優しい手を持って、暗雲の閉ざされていたアキラの眼前に風穴を開け、進むことができる道を示したのだろう。
各方面には迷惑をかけただろうが。
「だから同じようにエミーリアさんも、そういった思い切った非日常とか非常識に背を押してもらえれば、その勢いで前に進むことができるんじゃないかなって」
少しバツが悪そうに頭を掻いてからリブラ教官がこちらを見る。
「トーサンはどう思う」
「いいんじゃないですか」
舞踏会をぶっ壊すとかするよりは、と内心で付け加える。
「……ずいぶん簡単に答えるんだな」
「まあ、経験者の談は重いということで」
と言いつつも、そのままアキラが思い描くように上手くいかないだろうと予想はしている。
それに下手をすれば状況を悪化させかねない。
ただ、時間のこともある。
「とりあえず、試してみるのはありかもしれません」
「だが、そうするとどのような非日常で説得するかだ」
それは考えていなかったようで、アキラが再び下を向いて思考の海に沈んだ。
「教官がサーベルを持って男爵夫人の家に乗り込んでみますか? 『エミーリア、舞踏会に参加するぞ!』って」
私の言葉に教官がこちらを睨む。
「それではただの脅迫ではないか!」
あんたがアキラにやったの、まさにそのまんまですがな。
「まあ、冗談は置いておいて……」
私の言葉にアキラが顔を上げる。
「オトーサン、何か良い案があるんですか?」
「いや、今日エミーリアの状態を確認した時から薄々思っていたことがあるんだ」
「何だ?」
「この状況って、『あれ』に似てるなって」
「「『あれ』?」」
「たしか、アキラの世界にもあっただろう。細かいところは違ったがほぼ同じ展開の有名な童話が」
実は物語世界は無数というほどに数多あるが、その中にある物語には共通の構造をしたものがたくさんある。
それを知った私は、以前にアキラとそれぞれの世界で似た物語がないか比べたことがあった。
アキラはしばらく視線を上にして考えていたがやがて手を叩いた。
「確かに! 『煤かぶりの姫』だ!」
「私の世界では、『灰かぶり姫』『シンデレラ』だけどな。で、その話に登場する非日常の存在といえば」
アキラと私は顔を見合わせた。
正確には片方には見合わせる顔はないのだが。
「仙人!」
「魔法使い!」
うん、世界ごとにやっぱりそれなりに違いはあるのだった……。
「ということは、我々がその魔法使い役としてエミーリアを舞踏会に導くというのか」
『シンデレラ』についてさわりの説明を受けたリブラ教官が瞼を閉じ考え込む。
「そのまま進めるという訳ではありませんが、幸い私たちは魔法が使えます。魔法使いに扮するにはなんら問題はないでしょう」
「いや、まあそうなんだが、その場合、我々が物語の表舞台に露出しすぎではないだろうか。それにこの世界の物語レベルを考えると、魔法を表に出してしまうのも」
確かに、あくまでも司書は物語の『修復者』であり、登場人物ではない。
さらに言えばこの世界にとっては異物でもある。
そんな我々が物語の目立つ位置に出ることは、新たな問題を起こす可能性があった。
また物語レベルに合わない魔法や技術を日の目にさらしてしまう行為も同様で、物語世界に少なからず影響をだしてしまう恐れがあり、どちらもできれば避けるべきとされていることであった。
だが、先ほど舞踏会をぶっ壊すことをBプランにした教官には言われたくはないなと少し思う。
「ですが時間的な制限を考えると、我々が積極的に舞踏会へ導かないと間に合わない可能性が高いです」
「そうです教官! それにこれはきっといい物語になってくれるはずです!」
私の意見にアキラも続いたその時だった。
「いいじゃん、おもしろそうだし! 採用!」
突然、4人目の声が響いた。
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