第36話 彼女の意志
「さて、こちらでも彼女の出生に関して調べるのはもちろん、検索が間に合わない場合にも備えて手を打っておこう」
マドカさんとの通信が切れてすぐにリブラ教官がそう言う。
その口調は、すでに彼女の中に考えがあることを示していた。
「セントバンスさんですね」
「ああ、そうだ」
昼間、貴族籍を持っていなくても舞踏会に参加させることが可能である旨を言っていた。
どのような手段を用いるのかは明言はしていなかったが、あの人がいうのだから実際に可能なのだろう。
昼間感じた引っかかりはあるものの、この時間がない中では背に腹は代えられない。
「でも、今日馬車の中で断ったんじゃ」
アキラの言葉にリブラ教官は頷く。
「あの時は、どうも罠のような気がしてな」
「罠ですか?」
「まあ、確信があるわけではなく、単なる勘だがな」
どうやら私が感じていたひっかかりを、より具体的なイメージで教官は感じていたようである。
「だが、交渉の余地はあると思う」
そして、セントバンスさんの事も含め商会関連での交渉はリブラ教官が担当することとなった。
どう考えても、小賢しいだけの私やまだまだ人生経験も浅いアキラでは荷が重すぎるので、これは当然だった。
それ以前に私はホウキなので交渉の場にも表立って出ていくことができないのだが。
「で、その他にも準備すべきことは多いが、その前にクリアしないといけない根本的な問題がある」
何があっただろうと私とアキラの視線がリブラ教官に集まる。
「エミーリア自身が舞踏会への参加を承認することだ」
確かにそれは最も重要な点だった。
例えこちらがどんなに完璧にお膳立てをしても、彼女が舞踏会への参加を拒否すれば元も子もない。
「でもエミーリアさんは、もう一度王子に会いたがっていましたよ、そんな断るなんてことがあるでしょうか」
アキラはそう言うが、人間そう簡単ではない。
「見たところエミーリアは自己への評価が異常に低い」
その原因がこれまでの境遇であることは、今日の男爵夫人たちとのやり取りを見ていれば容易に想像がついた。
「彼女のような場合、よほど舞踏会への出席に必然性が認められなければ、気後れして承諾しない可能性がある、というよりも高いだろう」
何かを思い出したのだろうか、暗い顔をしてアキラが納得する。
「しかし、どうすればよいのでしょうか」
彼女に舞踏会への出席を承諾させるだけの材料。
「手はいろいろとあるとは思うのだが、現状だと貴族籍の出生が明らかになるなどして、自分が舞踏会へ参加しても構わない人間だと認識することが可能性が高いだろうか、同時に舞踏会へ参加しなければいけないような、必然的な動機付けも必要だな」
自分がそこにいていい、進んでいいという免罪符となる身分の証。
それは舞踏会への参加への条件とも重なっていたが、証明できるようになるまで時間がかかることが現状問題だった。
「オトーサンの【偽装】の魔法で、とりあえず貴族の出生を証明するような書類を作ってみるというのはどうですか」
「いや、それは多分ダメだと思う」
自己評価が低い人間は、自分が弱者だと骨身に染みて知っているので警戒心が非常に強い。
単純に知性が高かったり、疑り深い人間よりもそういった人間の方が【偽装】の魔法を破りやすかった。
それにどうしてもその後の話に破たんが出てしまう。
所詮、私の【偽装】の魔法は一時しのぎの誤魔化しに過ぎないのだ。
「しかし少なくとも2、3日中に彼女を決心させなければ」
残りの日数を考えれば、確かにそれくらいしか猶予はなかった。
一体どうすれば、彼女を説得できるか。
しばらく沈黙の時間が流れた。
改めて今回の任務のスケジュールの厳しさが浮き彫りになる。
(これがまだ舞踏会が王子妃選定の場となっていなければ余裕があるのだろうけど)
「いっそ舞踏会をぶっ壊して王子妃選定を先延ばしにしてしまいますか」
冗談だが思わず呟かずにはいられなかった。
「ありだな」
即答したリブラ教官の声は決して冗談を言っている風には聞こえない。
「いえいえ、冗談ですよ。本当に壊したら大変なことになってしまいます」
「だが最終的に修復オーダーの内容と合致すれば問題ないし、我々が強引に2人を引き合わせる展開よりも物語破綻の可能性は低いだろう」
この人は本気で言っていた。
「とはいえ、その策は最終手段だな」
そう言ってリブラ教官は席を立つと、ケトルが湯気を上げているストーブの方へと向かう。
どうやらコーヒーのお代わりを入れるつもりのようだ。
いますぐ実行に移そうという訳ではないことに安堵したものの、今後の進み方によってはその超展開も起こり得るのかと少しの恐ろしさをもってその背中を見つめる。
「そうだ……。おもいっきり非日常な、非常識な展開があれば……」
その時、ずっと黙っていたアキラがポツリと呟いた。
「アキラ君どういうことだ?」
マグカップにお湯を注ぎながらリブラ教官が問う。
微かなコーヒーの香りが漂う中、アキラは考えながら言葉を紡いでいく。
「どう言えばいいんだろう。非日常とか非常識って、時にそれまで行き場をなくしていた日常にいきなり風穴を開けてくれるというか、いろいろとを一気に押し流してしまうというか」
「それって相手が訳がわからなくなっているうちに、有無を言わず勢いだけで流してしまおうってことか?」
私の言葉にアキラが少し頭を抱える。
「そう言われると、ちょっと……」
だがやがて顔を上げると、リブラ教官の方をまっすぐ見る。
「僕にとっては、リブラ教官がそうだったから」
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