第35話 時間がない

「それでは改めて、今後の方針を決めていきたいと思う」

 リブラ教官が口を開く。

 私たちはランプを中心にテーブルを囲んでいた。

「今日聞いた話ではエミーリア本人はハインゼル王子個人については好意的であるし、1度きりとはいえ面識があることがわかった訳だが、今後をどうするかが問題だ」

 エミーリアが王子に対して好意を持ってくれているのは、これからの任務の内容を考えると状況的にも精神的にもありがたいことだった。

「ひとまず現状で1番の問題は、2人が接触する機会がないことだろう」

 これまでの情報からして、恐らく今回の特異点の問題はそこにあるようだった。

「なのでまずは、どうにかして2人が接触する機会を作る」

 リブラ教官がとりあえずの目標を口にし確認する。

「手段は様々考えられるが、今ある物語の流れからすると一番自然で可能性が高いのがエミーリアを舞踏会に送り込むことだと思う」

 私もその考えには賛成だった。

 ただ会わせるだけなら、エミーリアを連れて王宮の王子のところへ突入、もしくは潜入、逆に王子を王宮から連れ出すという手段も考えられるが、それらの強硬手段は物語の破綻を引き起こす可能性があった。

 いや、破綻を引き起こさずに物語の一部としてそれを利用する方法もあるが、その場合大がかりになりすぎてしまい、やはり失敗する確率は高い。

 だからといって、受け身で王子がまたお忍びで視察に出るのを待っていれば、どれだけ時間がかかるか。

 王子妃の選考の場とされる舞踏会までは、当日も合わせてあと12日間しかない。

 そこで王子妃の候補、もしくはそのものが決まってしまった後では恐らく遅いのだ。

 なので現状ではなんとかエミーリアを舞踏家に参加させるのが1番安全といえた。

 

 ただ、エミーリアを参加させるにしても紹介期日に関して言えばさらに短く後8日間しか時間がない。

 それまでに参加に必要な最低限のものは揃えないといけなかった。

 

 物語の修復時に、我々が物語世界に渡ることができる時間軸は限られている。

 それを決定するのは受け入れ先である物語世界の意思ともいうべき存在なのだが、今はその存在にもっと時間的余裕を持たせてくれと言いたいところだった。

 それほどに解決しないといけない問題、そして必要なものは多々ある。

 

 まずは目下一番の問題は貴族籍の問題。

 舞踏会の参加条件を見るに、王子個人はどうかわからないが王室としては王子妃には最低でも貴族籍の所持者もしくはそれに連なる者を求めているのだろう。

 売買されている貴族籍の存在を考えると、単純に血統的な意味合いは低い気もするのだが、それでもこの国の仕組みとしての「区別」の線引きとしては有効なのだろう。

 

 あと舞踏会へ紹介してくれる貴族の存在も重要だった。

 どちらも今のエミーリアにはないものだった。

 ただ、心当たりやアテがまったくない訳ではないが。


 私はあるを提案する。

「マドカさんにエミーリアの両親について検索してもらえないでしょうか」

「オトーサン、どういうことです?」

 私の提案にアキラがこちらを向いた。

「物語が欠損していなければ、エミーリアは問題なくハインゼル王子の王子妃になっているはずだった。つまりは、エミーリアには王子妃になる条件が揃っていたはずなんだ」

 それを聞いたアキラは少し考え、暗い表情をした。

「もしかしたら、エミーリアさんもどこかの貴族の庶子かもしれないということですか?」

 その口調はやはり苦々しい。

 内心でちょっとしまったと思いつつ話を進める。

「庶子とは限らないが、貴族籍に連なっている可能性はあるし、とにかく1度彼女の出生を調べる必要があると思う」

「ならばこの場にマドカを呼んだ方がいいな。他のパーティーとのリソースの兼ね合いもあるしな」

 リブラ教官はそう言い、マドカさんを呼び出した。


「はいはい、どうしたのかな?」

 マドカさんの声が居間に響く。

 これだけ聞くと多忙なようには見えないし、聞こえない。

「マドカ、もう少しボリュームを落としてくれ、一応一軒家の拠点は確保したが、どこに耳目があるかわからない」

「はいはい、まー、リブラちゃんの警戒網を突破するなんて<英雄>級のよっぽどの手練れしかできないんだから、あまりピリピリしなくても大丈夫なんじゃない?」

「油断は大敵だぞ」

「真面目だねー、で、定期報告ってわけじゃなさそうだけど何かあったの?」

 そこで私たちはエミーリアと接触できたこと、そして現状と彼女の出生について調べて欲しい旨を伝えた。

「他の案件よりも重要度が高いみたいだから、できるだけ優先で進めるけど、それでも猶予の時間を考えるとかなりぎりぎりになりそうね。そっちでもできるだけ準備を進めておいて」

 リソースがーと、ごねられるかと思ったがマドカさんは案外あっさりと受けてくれた。

「わかった。無理を言ってすまないがよろしく頼む」

「それじゃあ早速作業に取り掛かるから通信は切るわね。トーサン、アキラちゃん、しっかりがんばってね」

 いつもは蛇足が多いマドカさんだが、今回はあっさりと通信が切れた。

 それだけ本当に時間がないということなのだろう。

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