第13話 朝の一幕
「しかし、これはなんともやりづらいな」
リブラ教官はそう言いながら前に垂れ下がりそうになる長い髪を後ろにやりスープを口に運ぶ。
「でも、似合っていますよ」
アキラは素直にそう言いながら、まだほんのりと湯気が上がっているパンを口に運んだ。
焼きたてのパンとスープ、ゆで卵に塩漬けされた何かの肉を炙ったものに付け合わせの野菜の酢漬け。
目玉が飛び出るような宿泊料を取る高級宿の割に朝食のメニューは実にシンプルなまるで喫茶店のモーニングセットである。
だが、この時代のことを考えればこれでも十分贅沢なのかもしれなかった。
2人は今、宿の一階にある食堂にいた。
さすがに食堂にホウキを持ち込むのはどうかということで私は部屋に残っているのだが、思念通信とアキラのデバイスから送られてくる映像と音声で会話に参加している。
この情報デバイス間の映像の送信は思考通信の上位技術であった。
しかも、一方的に映像を受け取るだけでなく、視界もある程度受信側でコントロールできるという優れものである。
ただ、扱う情報量の多さから使用すると情報デバイスの他の能力を圧迫してしまうという欠点があった。
そのため、余裕のある平時にしか満足に使用はできないのだが、それでも今の私にとってはありがたい能力である。
少なくとも、ホウキが入れない場所で蚊帳の外という状況は回避できるのだから。
その情報デバイスからの映像で見るに、まだぎこちないながらもリブラ教官はカツラ装着自体には疑問や問題を感じていないようである。
結局あの後、私はリブラ教官にカツラをつけさせることに成功していた。
あまり良い口実が浮かばなかったため、そのままストレートに短髪がこの世界では目立ちすぎること、それが任務の際には足を引っ張ることがあるかもしれないと伝えてみたのである。
するとあっさりと彼女はその提案を受け入れた。
ただ、交換条件も出された。
「せっかくのドレスだが、外套がないために汚れがな。替えがあるとはいえ、これはあまりよろしくはないだろう。なので外套といくばくかの現地衣装を調達しようと思うのだが良いだろうか」
良いも何も、私たちに聞かなくてもこの場で一番の決定権を持つ上官は彼女なのである。
それに知らぬとはいえ、スカートを履かずに出勤するような羞恥を彼女にさせるわけにはいかなった。
なので本日、男爵家の行方を追うついでにどこかで外套などを調達することにした。
ただ、一応今回はドレス着用がポラリスことミチルの命令であることを念を押しておいた。
なんといってもあの子の性格だと、なんらかの手段でリブラ教官をモニタリングしている可能性もある。
「ああ、わかっている。ドレスは着るさ」
妙に余裕のある笑みを浮かべてリブラ教官が応じたのが少し気になった。
ちなみに現在、彼女が着ているドレスは昨日とは別の淡い青色のものへと変わっていた。
任務なのである程度の汚れや破損を想定していたのだろう。
それなりの枚数のドレスが渡されていたらしい。
まあ、ある程度の汚れであれば、私の【浄化】の魔法で元の状態に戻せるのだが。
「さて、今日の予定なんだが、ひとまず昨日に引き続き男爵家の行方についての情報収集だが、本日からは外周区を捜索対象にする」
その言葉にアキラがうなずく。
「とはいえ、外周区は広大なので無暗に探索をしても効果は上げられないだろう。で、昨日の今日ではあるがグラハム殿の力を借りようと思う」
それは妥当な提案だと思われた。
王都の商人ではないとはいえ、昨日のことを考えるとそれなりに王都界隈の事情に通じているのであろう。
それに商人の情報網というのは馬鹿にできないものがあった。
そして、これが一番といえるかもしれない。
わたしの中で「なんとなく」ではあるが、彼は信用できるという直感があった。
私の「なんとなく」は、私の能力の中ではそれなりに頼りになる方である。
それはリブラ教官も認めていた。
<そうですね。なんでも王都でも影響力の大きい商会の傘下にも入っているという話ですし、男爵夫人の情報からすると嗜好品などの商いをしている商人に知っている人がいるかもしれませんし>
「他にも資金面のことでも頼みたいことがあるしな。では、用意ができ次第、グラハム殿が身を寄せているという商会に出向いてみよう」
城壁の外周区側の広場では、今日も人々や馬車が自分の改めの番を待って長い列をなしている。
「出るときは簡単なんですね」
私が作ったインスタントな魔法道具が正常に効果を発揮したこともあるが、それを抜きにしてもあっさりと外周区に出ることができた。
<まあ、入る際にチェックをしているはずだからな>
とりあえず、通った際の反応を見ると、【偽装】を施した偽の通行証があれば、スムーズに内区と外周区の行き来はできるはずである。
しかし、【偽装】の魔法の性質上、いつ魔法が破られ効果を失ってもおかしくはなかった。
なので頻繁な出入りはリスキーと言える。
<外周区に拠点を移したほうがいいかもしれません>
私の提案にリブラ教官が思考通信で同意した。
<そうだな、対象のブドルク男爵家が外周区にあるというのなら、そちらの方が面倒が少ないだろうしな>
リブラ教官の足が止まり、周囲を見回す。
<だが、昨日聞いた話では祝祭が近づいてることもあって、外周区でも宿が確保しにくいという話だったはず>
確かに、昨日の話ではまともな宿は難しそうだった。
<宿はだめでしょうね。ただ空き屋ならどうでしょうか>
恐らく宿での宿泊から考えると費用的にはかなり悪いだろう。
しかし、昨日の目が飛び出るような宿泊費がありなら、適当な場所の空き屋を借りた方が、拠点としても宿より自由が利く可能性がある。
<なるほどな、一考してみる価値はあるか>
<ただ、動くなら早めにしないとだめでしょうけど>
なにせ、自分が思いつく程度のことは大抵の人間も思いつくものだ。
そうなると早い者勝ちというこになる。
グラハムさんが身を寄せているカナン商会の場所がわからない私たちは、門前広場で辻馬車を拾った。
辻馬車は大通りをまっすぐ下り、昨日、グラハムさんと別れた跳ね橋の辺りまでくる。
そして、今度は水堀沿いの王都の最外周の道を進み始めた。
やがて周囲の風景の中に倉庫らしき建物が増え始め、荷馬車の往来の数も増してくる。
「あれがカナン商会の王都会館ですよ」
馬車を止め御者が指さしたのは、立ち並ぶ倉庫に隣接した広い敷地の建物だった。
遠目から見てもわかる程、活気に満ちている。
私たちは行きかう荷馬車の往来を避け、少し離れたところで馬車を降りた。
「あれは、防衛上としてはどうなんだろうな」
馬車を降りた後、少しの移動の間にリブラ教官が気にしたのは水堀に作られた船着き場だった。
そこに接弦した小型船には、次々と倉庫から運び出された資材が載せられている。
どやらそこを起点に流れが緩やかな水堀沿いに王都の他の区域や、つながった河川流域への物資輸送を行っているようだった。
長らく戦場にその身を置いていたからだろうか、そのような点がすごく気になるらしい。
<まあ、跳ね橋とかと同じで、非常時には壊してしまうのが前提なんでしょうね>
釈迦に説法という感じだがとりあえず返してみる。
<ふむ、だがそれにしては、造りがしっかりとしすぎている……>
<国が放っているところからみると、長らく平和だったということではないですかね>
<それが悲劇につながらなければ良いのだがな>
そんなやり取りをしながら、あけ放たれたままとなっている会館の大きな両開きの扉をくぐった。
吹き抜けの大きなスペースに円形のテーブルが数多く立ち並び、多くの商人たちがそこここでめいめいに話し込んでいる。
一見すると大きな酒場や食堂のようにも見えたし、一部の席では実際に飲食物の提供もしているようだった。
しかしそこに満ちているのは、酒によるものとはもっと別の熱だった。
「とりあえず、あそこでグラハム殿について尋ねてみるか」
入って左手すぐにある銀行のカウンターのような場所をリブラ教官があごで示す。
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