第12話 カツラの意味

 深夜も回るといかに王都といえほとんどの明かりが消える。

 かといって完全に闇に沈むかといえばそうではなく、鏡のような月の煌きが静かに地上を照らしていた。

 目を向ければ、そんな眩しい月を囲むように覆いかぶさんばかりの星々の海が広がっている。

 部屋に付随したテラスに立てかけられた私は、呆然とその星空を見ていた。

 一応年頃の娘と同じ部屋で寝るというのはどうかということで、ここに置かれている。

 まあ、ホウキですから問題はないのですが。


 とはいえ実は魔法で防いでいるので良いものの、冷え込みがなかなかに強かった。

 これは野営をしなくて正解だったようである。

 どうやら王都は、時間帯によって温度差が出る季節もしくは気候にあるらしかった。

(私たちはともかく、アキラがなぁ)

 後見相手の健康管理も後見人の役割である。


(しかし、夜が長い)

 意識が別の物に憑依している状態だと、精神的疲労が蓄積しない限り睡眠を取る必要はなかった。

 そのため、どうしても夜は時間ができてしまう。

 明日からの外周区の探索に備えて、任意のタイミングで【偽装】の魔法を発動することができるダミーの通行証を自主的に作っていた。

 しかし、それも思いのほかすんなりと終わってしまった。

 本当にやることがなくなっていた。

 かといって、星空をただ眺め続けるというのも、それはそれできついものがある。

 どうしたものかと考えている最中にあることを思い出した。

 

<あー、マドカさん。いいですか?>

 境界図書館のマドカに思考通信で呼びかける。

<はいはい、トーサン。何か問題でも?>

 ちなみに、今日の任務内容については、就寝前にリブラ教官の方でまとめてデータをマドカさんの方に提出していた。

<少しこの世界のことで聞きたいことがあって>

<んー、わかっていると思うけど、特異点が発生している世界の書からの情報検索は大変だからね。どれくらい大変かというと、ちょっと何かをしようとするたびに面倒な申請書類をいちいち手書きで書かされるくらい大変で面倒なんだから>

 それはすごく嫌だ。

<いや、ちょっとしたことなんですが、この世界で短髪の女性が、カツラや帽子をせずに外出するっていうのは何か問題なんですか?>

<ああ、それね。事前準備の段階でわかっていた風習関連の情報だから応えられるわよ>

<で、どうなんでしょうか>

<そうね、その時代だと社交の場でのファッションとして、意匠を凝らしたカツラを使用するというのがあって、貴族の女性ではカツラをかぶるために短髪にしている女性は意外と多いみたいね>

 ということは短い髪型自体には問題はないのか。

<ただ、あくまでもカツラをかぶる前提での短髪だから、貴族の間では、短髪にしている人は外出する際はカツラか帽子を着用するのがマナーとなっているの、だから今回ちゃんとリブラちゃん用にカツラ用意してあったでしょ>

 でしょ、と言われてもその情報を伝えてもらわないと。

<あれ、説明してなかったっけ? おかしいわね。アイオスの私がそんな単純ミスをするなんて……>

<とりあえず、カツラや帽子を着用せずに人前に出るとどんな問題があるのでしょうか>

<そうねぇ、一般の人から見るとそうでもないだろうけど、貴族の世界ではちょっとしたマナー違反というか醜聞かもね>

<……ちなみに、具体的に例えるとどれくらいでしょうか>

 嫌な予感しかしないが、一応聞いてみる。

<そうね、例えるならスカートを履き忘れて出勤するくらいの醜聞かしらね>

(ベンジャミンさん、ありがとうごうざいますーーー!)

 この王都の闇の中にいる彼に全身全霊でお礼の気持ちを投げつける。

<もしかしてだけど……、リベラちゃん、あのベリーショートの髪型で貴族が多くいる地区とかを歩き回ってたの?>

<いえ、知り合った親切な方から帽子をいただいので、大丈夫だとは思います>

 いや、待てよと、今日の様子を巻き戻す。

 内区の食堂で昼食をとった時、帽子を外していなかったか。

 そういえば、なぜか途中でお店の人が衝立をもってきて場所を区切っていなかったか。

 あれは、カツラを忘れていると思われたからではないか?

 私たちと別れた後は、どうだったのだろうか。

 ホウキだから血液なんて流れてはいないのだが、血の気が引く気分だった。

<と、とりあえず詳しく説明はしないで、適当な理由をつけてカツラもかぶってもらいます……>

<うん、そうして……、できればかなり恥ずかしいことだという部分を隠してね。バレたら説明を忘れた私が唐竹割で真っ二つにされちゃう>

<……はい、そこはなんとかうまくやってみます>


 それから、どう説明しようかと悶々と考え込んでいるうちに東の空が白み始める。

 面白いもので、今までいくつかの物語世界に渡ったのだが、今のところいずれの世界も東の空から太陽が昇っていた。

 まあ、でも中には西や北から太陽が昇る世界もあるのだろう。

 それに東西南北という方位を当たり前に使っているが、それすらない場所だってあるだろう。

 訳も分からないまま境界図書館に流れ着き、なし崩し的に司書騎士候補生である従者になって図書館時間で半年と少し。

 今更ながら数多の世界を渡るという不可思議な体験と世界の広さをしみじみ感じていると、背後で小さなノック音がした。

 視線を向けるとバルコニーと寝室を隔てているガラスのはまった扉の向こう側にアキラの姿があった。


<おはよう>

 思考通話で挨拶すると、扉を開けて肩から毛布をかけたアキラがバルコニーに出てくる。

 朝の冷気を帯びた空気にその細い体が一瞬震えた。

「オトーサンおはようございます。寒くなかったですか」

<大丈夫だ。何せホウキだからな! って、魔法で防護していたから快適そのものだよ。きれいな星空も見れたしな>

「ああ、電気の灯りが溢れていない世界の夜空ってすごいですよね。僕も初めて見た時は感動しました」

 アキラはそう言いながら、壁に立てかけてあった私に触るが、思いのほか冷えていたらしく手を一回ひっこめる。

「本当に大丈夫なんですか? ものすごく冷たくなってますよ」

 そう言うと自分の両手に息を吐きかけてから、私の柄を握ってさすり始める。

<うひゃうっ>

 言ったと思うが、ホウキであっても触覚はある。

 なんというか、全身を撫でまわされるようなそのこそばゆい感覚に浮遊の魔法をつかってアキラの手から逃れる。

<と、ところでリブラ教官は、もう起きているのか?>

 一定の距離をアキラから取りつつ尋ねる。

「あ、はい、もうすでに身支度をしているみたいです」

 まあ、愚問だった。

 彼女は、早寝早起きの規則正しい生活習慣大好き人間なのである。

 あの年頃の娘にしては、あまりにも遊びのないその生活にどうなのかと思うこと多々。

 とはいえ、司書は外見の年齢と実年齢がずれている人が多数なので見た目だけでは判断できないのであるが。

 ちなみに、実年齢を聞いてみる勇気は今のところない。

<と、とりあえず、ちょっとリブラ教官のことで話がある>

 そして私は夜中にマドカさんから得た髪型に関する話をアキラに説明した。

<わかりました。カツラを出しておきます。説明はオトーサンにお願いしていいんですか?>

<ああ! 全然いい言い訳が思い浮かばないがなんとか言いくるめてみる。だめだった時は……、まあ諦めてくれ、色々と>

 アキラがすごく微妙かつ引きつった笑みを浮かべる。

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