第14話 カナン商会
「何か御用でしょうか?」
近づくと品の良い初老の男性が対応してくれた。
銀に近い白髪を後ろになでつけ、背筋が伸びたその姿は、商人というよりもどこかの名家の執事を連想させる。
「実は、ここに身を寄せておられるお方を探しているのですが」
「そうですか。なんというお名前かわかりますか?」
「グラハム殿です」
「グラハム……、どこのグラハム殿かわかりますか? あと特徴など。何しろ祝祭前ということもありまして、人の出入りが多いものでございますので」
「どこというのはわかりかねますが、ご一緒に甥のベンジャミンという方がご一緒に、昨日に私どもと共に王都に到着したのですが」
するとその初老の男性は、何かに思い至ったようだ。
「ポセントマス商店のグラハム殿ですな。わかりました。本日はまだこちらのおいでのはずですので、お呼びいたします」
男性がわずかに目くばせする。
すると栗色の髪をしたアキラと同年代くらいの少年がやってきた。
その少年に小声で何を伝える。
それを受け、少年はこちらに一礼すると素早く建物の奥に消えていった。
リブラ教官はなぜかその少年の後ろ姿を目で追っていた。
「どうぞ席にお座りになりお待ちください」
初老の男性がそう言った時には、私たちの傍らに若い女性が来ていた。
彼女によって空いてるテーブルに案内される。
「何かお持ちいたしましょうか?」
どうやら給仕も兼ねている女性の言葉にリブラ教官は軽く首を振る。
「いえ、結構です」
「そうですか、では何かございましたら近くの者にお声かけ下さい。それでは失礼いたします」
一礼をして彼女を去っていくが、その目は気づかれないようにしながらも私をじっと見ていた。
仕方がないだろう。
良家のお嬢様風の人物に付き従っている従者が、ずっとホウキを後生大事に抱えているのだから。
しかも、テーブル座ってからも、アキラは片手でしっかりと私の体を握っているのである。
見方によっては、刀から片時も手を離さない用心棒のようにも。
(見えないよなぁ)
リブラ教官に髪型のことで言っておきながら、自分のせいで悪い目立ち方をするのは避けたかった。
<アキラ、いい加減手を放してもいいんだが>
<だめです。下手に手を離したら備品と間違われて持っていかれるかもしれないじゃないですか>
<いや、持っていかれそうになってから言えばいいと思うよ、うん……>
なんだかすぐ迷子になる小さな子供扱いがエスカレートしている気がする。
それから程なく、昨日ぶりの2人がこちらにやってくる。
リブラ教官とアキラが席から立ち上がり迎える。
その姿を見て、グラハムさんは少し驚いたような顔をした。
「これはこれはお嬢様とアキラさん、昨日ぶりでございますね。それにしても長髪もよくお似合いで」
相変わらずの温厚な笑顔を浮かべたグラハムさんはそう言って席を勧める。
2人が座ると、グラハムさん達も席に着く。
「それで何かございましたか。わざわざ私どものような者をお訪ねいただけるとは」
「実は祝祭前でお忙しいのは重々承知しておりますが、グラハム様方にいくつかお願いしたいことがございまして、もちろん十分なお礼はいたします」
その言葉に、グラハムさんは笑顔で即返答する。
「なにを仰られますか、私どもでお力になれるなら喜んでご協力いたしますよ」
「ありがとうございます。では、どこか静かにお話できる場所がございましたらそちらに移動したいのですが」
「わかりました。少々お待ちください」
グラハムさんはそう言って席を立つと、先ほどの初老男性の方に歩いていった。
その後ろ姿を見送った後、リブラ教官はベンジャミンさんの方を向いて口を開く。
「昨日はこの帽子ありがとうございました。昨日訪れた内区のお店でも評判がよくて、どこで手に入れたのか聞かれましたよ」
そういって、彼女はテーブルの上に置かれていた帽子をかぶって見せた。
「そう言っていただけると、こちらこそありがとうございます」
「しかし、ベンジャミン様はこういった装飾の分野がお得意なのですか?」
その言葉に彼は、グラハムさんとは似ていない細面の顔に気恥ずかし気な笑みを浮かべる。
「装飾というよりも、昔から服飾全般の意匠に興味がありまして……」
「そうなのですか、でしたらこの王都でおすすめの服飾を扱うお店などをご存じですか」
「何か、ご入用なものでも?」
「ええ、少し揃えないといけないものがありまして」
その言葉に、ベンジャミンさんは少し考えるような表情をする。
「おすすめできる良い店はいくつかあるのですが、お嬢様の必要を満たすとなると今は期待に添えないかもしれません」
「なぜですか?」
「実は今、王都では祝祭と王宮で開かれる舞踏会に向けて、衣装の新調をする人が多くて、特にそれなりの品質のものを扱う店ですと、人手や素材そのものが不足している状態なのです」
これだけの規模の王都で服飾品とその素材が不足とするというのはよっぽどである。
しかし、王子妃の選定があるかもしれないとなると無理からぬことかもしれなかった。
年頃の娘を持つ王国中の貴族が、ここぞとばかりに王都に集っているはずなのだから。
そう考えると、まだ見ぬエミーリア嬢の戦いはかなりの競争倍率ということができた。
100倍だろうか、200倍だろうか。
ただ、ここは物語世界である。
元の物語が彼女が王子妃になる流れにあるならば、競争相手が1万人いようと彼女が勝つはずである。
通常ならば、であるが。
「いえ、さほど上等なものを求めているわけではなく、ごく一般的な仕立てのものでよいのです」
「それでしたら……、何店かご紹介できると思います」
「そうですか、では後ほどお願いいたします」
その会話が終わるのを見計らったようにグラハムさんがテーブルに戻ってくる。
「お待たせいたしました。部屋をお取りいたしましたのでこちらへどうぞ」
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