第8話 商人グラハム

「それにしても、王都の周辺というのはあのような人たちが出てくるような治安の悪い場所なのでしょうか。私もアキラも王都は初めてですので」

 その言葉にグラハムさんは首を横に振った。

「いえ、私は王都には良く赴くのですが、王都周辺、特にこの街道沿いは詰め所や村も多いこともありこんなことが起きるなんて稀ですよ。でなければ私のような商人は安心して往来などできません」

「そうなんですか。では今回はかなり運が悪かったということでしょうか」

 グラハムさんは緩やかな曲線を描く顎をいじって、少し考える様子をみせる。

「そうですな。ただ、恐らくはもうすぐ開かれるハインゼル殿下の成人の祝祭の影響もあるのではないでしょうか」

「どういうことですか?」

「今回の祝祭は、近年まれにみる規模で行われる予定になっておりますので、国中から王都に人や物が集まってきますからね。それでも一部の品は不足が起きていると聞きます。そういう状態ですから、稼ぎ時と考えて不逞の輩が流れ込んできていてもおかしくないです。それは我々商人も同じなのですけどね」

 リズミカルになる蹄と車輪の音に、グラハムさんの朗らかな笑い声が加わる。

「それに、今回は例の噂もあってか、普段は地方の領地から出てこられないような貴族の方々も王都にこぞって集まっているようですし、尚更です」

「例の噂ですか?」

 教官の反応に、彼は意外そうな顔をした。

「おや、ご存じありませんでしたか。王子妃選定についての噂を?」

「ええ、なにぶん山奥の辺鄙な土地におりますので」

「そうですか、では簡単にご説明申し上げますと、あくまでも噂ですが、祝祭の最後の夜に王宮で催される舞踏会が、実はハインゼル殿下の妃候補を選定する場になるのではないかという話があるのです」

 それは重要な情報だった。

<今回の修正内容に合致しますね>

<ああ>

<つまりは、私たちはその舞踏会にエミーリアという少女を送り込むことを当面の目標とすればいいということでしょうね>

<まあ、そう単純にいくとは限らないが、とりあえずはの行動の指針にはなるな>

  

 途中で寄った村の詰め所で男たちのことを託した後、我々は王都へと続く街道の最後の丘陵にさしかかっていた。

 グラハムさんによると、王都が初めてならばその丘陵の上り切った場所は見物なのだという話だった。 

 彼の馬車を引く4頭の馬は、サラブレッドと比べるとかなりの巨躯で足も太かった。

 その力強い足は、荷物を満載した荷馬車を引きながらも、坂道もさほど苦にする様子もない。

 そして、上り坂の勾配が緩やかになった時、グラハムさんが前方を指さした。

「王都が見えますよ」

 その言葉の通り、坂を上り切ったところで我々の目に王都オイレンが飛び込んで来る。

 事前資料通りだった。

 王都の中心である王城を王冠のように戴く小高い丘。

 その丘を取り囲むようにした内区は、昔の王都の外周だったという城壁に囲まれていた。

 そして、その内区の城壁より外側、近くの大きな川から水を引いた水堀との間に広がる外周区。

 それらで構成された街並みは遠目から見てもよく整備され美しかった。


 しかし、そんな中でも特に目を引くのは、やはり中心に鎮座する王城だった。

 日の光を受けたそれは真珠を思わせる光彩を放っている。 

<まるで、童話にでてくるお城ですね>

 私が抱いていたのと同じ感想をアキラも抱いていた。

 アキラが王城の美しさを褒めると、グラハムさんはまるで自分のことであるかのように自慢気に王宮の建物について説明を始める。

 オイステン王国の特産である最高級の白晶石と呼ばれる石材がふんだん使われていること。

 『白雪の城』として大陸中の国々にその評判が聞こえていること。

「まあ、オイステンの人間にとっては今更のことですかな」

「いえ、大変勉強になりました」


 その後もグラハムさんとの会話の中で、いくつかの有用情報を得ることができた。

 やがて、王都と外を隔てている広い水堀にさしかかる。

 堀を渡る大きな跳ね橋では、荷と人の改めを受けた。

 どうやら祝祭前ということで普段よりは厳しい改めらしかったが、門にいた役人がグラハムさんと既知らしく我々は比較的すんなりとその場を抜けることができた。

 彼はそれなりに王都で顔が利くのかもしれない。

 そのことをリブラ教官が彼に直接指摘すると、手が軽く横に振られた。

「いえいえ、顔が広いというほどではなく、王都にはそれなりに来ておりますので顔が馴染んでいるというだけでございますよ」

 そう言って、また朗らかに笑った。


 橋を抜け王都へと入った私たちは、外周区の商会に荷を下ろしに行くというグラハムさんたちと別れることとなった。

「お世話になりました」

 馬車から降りた教官たちはグラハムさんに礼を述べる。

 するとグラハムさんは慌てて手を大きく横に振った。

「いやいや、こちらこそ危ないところを助けていただき、これくらいしかお礼ができずに申し訳ございません。本当に内区までお送りしないでよろしかったですか?」

 道中、グラハムさんにブドルク男爵家について知らないか尋ねていたが、男爵家は思いのほか数が多いらしく、彼の記憶の中にはその名がなかった。

 ただ、ほとんどの男爵家は内区に居住しているはずなので、そこで尋ねればわかるのではないかということは教えてもらっていた。

 同時に、尋ねるのに良いとされるいくつかの内区の商店についても。


 こんどはリブラ教官が首を横に振った。

「いえ、困った時はお互い様ですし、グラハム様もお仕事がございますから」

 その言葉に本当にグラハムさんは申し訳なさそうな顔をした。

 困ったその顔は内面からにじみ出る人の良もあってか、こう言ってはなんだが何か愛嬌があり可愛い。

「そうですか……。ですが何かございましたら、特にこれから祝祭までの間、王都では品薄で手に入りにくくなる物もがざいますので、そのような時はカナン商会の王都会館をお訪ねください。我々は祝祭が終わるまで身を寄せておりますので」

「ありがとうございます。では、私たちはこれで失礼いたします」

 そういって去ろうとした時だった。

「お待ちください!」

 呼び止める声があった。

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