第7話 野盗

「なんだ、この鳥は!」

 天空より襲い来る影に、男たちは浮足立っていた。

 影が急降下してくるたびに、手にした剣や槍を振るうがまるでかすりもしない。

「弓だ! 弓!」

 10人いる男たちの中で弓を持っている者が3人いた。

 弦音と共に矢が次々と放たれるが、茶色の影はまるであざ笑うかののようにその間をすり抜けていく。

 そのうち高く撃ちはなった矢の一本は、仲間の足元に突き立った。

「ばか野郎! 殺す気か!」

 地面に突き立ち細かく振動する矢に怒号が飛ぶ。

 明らかなガラの悪さがにじみ出ている連中だった。

 まさか、あれで街道警備をしている兵士だということはないだろう。

 男たちが囲んでいるのは、幌がついた4頭引きの荷馬車だった。

 御者席には、私が親近感を覚えてしまう体系をした中年の男と20代前半と思われる青年が座っており、2人はこの状況を戸惑いながら窺っている。

「このふざけやがって!」

 1人の男が大振りした剣は、使い魔が過ぎ去った空間を再び虚しく切り裂く。

 切っ先が地面を叩き跳ねた。

「なってないな」

 心底呆れたといった声と共に、森の中から若草色のドレスを身にまとった令嬢が姿を現す。


「なんだ、こいつは?」

 森の中から出て来るには不似合いなその恰好に、男たちの顔にありありと戸惑いの色が浮かぶ。

「女? ドレス?」

 そんな様子を一向に気にすることなく、リブラ教官は森から完全に姿を現す。

「ところで一応尋ねておくが、お前たちは強盗、野盗、追剥の類で間違いないだろうか?」

 教官の問いかけに、ようやく男たちは気を取り戻す。

「だったら、なんだというんだ! 嬢ちゃんよ!」

 1人の男がそう凄みながら、あまりにもうかつに教官へと近づこうとする。

「いや、勘違いで罪のない人間を傷つけてしまっては大変なのでな」

 教官はそう言いながら、スカートの裾を指で摘まむと軽く払う。

 下草を抜ける際に就いた葉っぱが宙に舞った。

「はあ? 何言って」

 男の最後の言葉は空気が漏れるような音にしかならなかった。

 払った葉っぱが地に落ちる間もない。

 瞬時に間合いを詰めた教官の左の拳がその腹に突き刺さっていた。

 その体がくの字に折れ、横向きに崩れ落ちる。

 教官は男の体が完全に倒れる前に、その手から剣を奪った。

 次の瞬間、呆然としている男達の間を若草色の風が緩やかに通り抜けた。

 3人が地に倒れた。


「な!」

 ようやく男たちは、目の前のドレス姿の令嬢に攻撃されていることを認識したようだった。

 そうする間にも、さらに2人の男が地に接吻する。

「ふざけやがって、このアマ!」

 弓を持っていた男たちが慌てて矢をつがえて教官に狙いを定めた。

 引き絞られる弦の音がする。

<いきますよ! オトーサン>

<応!>

 教官に視線が集まっている間に、アキラと私は弓を持った二人の男たちの後ろに回り込んでいた。

 アキラが私を両手で構えると、弓を構えた男の肩口に背後から振り下ろす。

 魔法で強化された私の身体は、見た目とはかけ離れた頑強さを誇っていた。

 そして、制限をはずしたアキラの【身体強化】による腕力。

 二つが合わさると。

「うぎゃっ!」

 背後から肩口をしたたかに打ちのめされ、男が倒れる。

「いつの間に!」

 そう言ったもう一人の男も、返す刀、もといホウキをしこたま食らって後ろに吹き飛び、そのまま動かなくなる。

 そこそこの勢いで振り回されたせいでぐるぐると世界が回る。

 その視界の隅に、弓をもっていたもう一人の男がスケタロウに襲われている姿が映る。

「せいっ!」

 アキラが私を大上段に振りかざしてその男に飛び掛かった。

 男は咄嗟に弓を捨て、頭上で腕を交差させる。

 良い反応だが相手が悪かった。

 アキラは防御ごと男の体を地に叩きつけた。

 殺さないように手加減はしているはずである。

 ではあるが、どう見ても容赦がない。

「残りは?」

 アキラが視線を上げた時には、逃走を図った最後の1人がリブラ教官の一撃を食らい崩れ落ちるところだった。

 教官が男たちに声をかけてから、5分も経っていない。

 まあ、この世界の<物語レベル>は1。

 突然変異的な『英雄』級の人物にでもぶち当たらない限り、リブラ教官やアキラが苦戦することなどない。

 殺さないように配慮しても、これくらは朝飯前なのだった。 

 

「いや、本当に危ないところをありがとうございました」

 四頭引きの馬車の手綱を操りながら、やはりどこか親近感が湧く体型をした商人、グラハムさんが何度目かの礼を述べてくる。

 馬車を止めるために置かれていた倒木を片付けた後、私たちは王都に向かうという彼の馬車に乗せてもらっていた。

 ちなみにあの男たちは縛り上げ、道の脇に転がしてきた。

 見張りと一応の保護のため、スケタロウはその場に残している。

 ただ、身動きが取れないところを獰猛な猛禽類が間近をうろついているのだ。

 同情はしないが、目を覚ました男たちは生きた心地はしないだろう。

「いえ、お気になさらずに、困った時はお互い様です」

 グラハムさんの隣に座ったリブラ教官が笑顔で返す。

「それに我々も馬車に乗せていただき助かりました」

 グラハムさんは地方から王都に取引に行く途中ということだった。

 もう一人の御者席にいた青年は、彼の甥でベンジャミンさん。

 彼は今は教官とアキラに御者席を譲り、荷台の方へ移動している。


 ちなみに私たちは王都へ向かう途中の地方郷士のお嬢様と従者ということにしてある。

 地方郷士というのは、オイステン王国内においては貴族の下で領地運営を代行する者たちであった。

 また徒歩での旅行者とするにはリブラ教官のドレス姿が違和感がありすぎたため、地元から乗合で乗ってきた馬車が壊れたので先行して徒歩で向かっている途中だったということにしてある。

 早速ドレスの弊害が出ているが、グラハムさんは深く探るようなことはしなかった。

 とはいえ、やはり気になることはあるようで。

「それにしても、お嬢様も従者のアキラさんも、私の素人目から見てもかなり腕がお立ちになるご様子ですが、武術か何かを修めておいでなのでしょうか」

 まあ、二人の外見と先ほどの立ち回りから考えれば、当然の疑問である。

 少し目立ちすぎた感がある。

「ええ、父がその手の教育に熱心で、私もアキラも護身術程度には」

(あれが護身術程度って、どこの修羅羅刹の国だよ)

 負けとわかっていても、思わず内心でツッコンでしまった。

「そ、そうなんですか……、護身術程度でもあれくらいできないとだめなのですね」

 驚いたことにグラハムさんは、リブラ教官の言葉を真に受けていた。

 きっと、この人はいい人なのだろう。

 ただ、それは商人としてはどうなのかと、他人事ながら少し心配になった。

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