第6話 二つ名
「もうすぐ、王都へ続く街道に出るな」
相変わらずそドレス姿で華麗に障害物を避けながらリブラ教官がそう言った。
我々の頭上で猛禽類特有の特徴的な高い鳴き声が響き渡る。
緑の隙間から見える青空の中で悠然と旋回する大型の鳥の姿があった。
それはリブラ教官の固有魔法【鷹匠】によって現れた彼女の使い魔。
教官はその使い魔と一部の感覚を共有することができた。
今、彼女の目には眼前だけではなく、上空から俯瞰した景色も映っているである。
「街道沿いに普通に歩けば王都までは2、3時間といったところか」
どうやら空高く舞う猛禽の目にはすでに王都の姿が映っているらしかった。
「ん?」
淀みなく進んでいたリブラ教官の足が止まる。
「どうかしましたか?」
「ここから少し進んだ先に街道の合流地点があるのだが、そこで馬車を武装した男たちが囲んでいる」
円を描くように待っていた使い魔が一方向へと向かっていった。
「どうやら野盗の類のようだな」
リブラ教官が使い魔の目を通して自分が見たものを伝えてくれた。
「どうします?」
私たちはあくまでも特異点の修正任務のためにこの世界に来ている。
なのでここで余計なことに首をつっこまないと判断するのも間違っていない。
「決まっている」
リブラ教官が笑みを浮かべ即答した。
それは得物を狩る肉食のそれも猛獣を連想させる表情だった。
端正な美人としてはちょっと台無しかもしれなかったが、活き活きとしてまあ悪い表情ではない。
「困っている人間を助けて何が悪いことがあろうか!」
リブラ教官の体が一瞬低く沈んだ。
次の瞬間、風を巻き込みながらその体が跳ぶ。
そして器用に枝葉をする抜けると、一気に一番高い梢を超える。
そのまま木々の向こうへと姿を消す。
「アキラ、追いかけるぞ!」
私の声にアキラも慌てて駆け出す。
しかし、いくら【身体強化】を使っていたとしても森の中を進んだのでは追いつけそうにない。
その時、脳裏にリブラ教官の陰で囁かれている二つ名の事がよぎる。
『雷光のバーサーカー』
普段は冷静だがな彼女だが、戦闘にのめり込むと周囲が見えなくなる傾向がある。
そのため一緒に任務についた司書たちの間ではその二つ名で囁かれていると、ある人から伝えられていた。
不安である。
<アキラ、私に跨がれ!>
「え? どういうことですか?」
唐突な私の言葉に走りながらアキラが当惑する。
<いいから、早く!>
私に促され、アキラが速度を緩めて私の柄の上にまたがった。
「これでいいんですか?」
訳がわからないという顔をする。
<舌を噛まないように気を付けて、しっかり掴まれ!>
私はそう言うと、自らにかけていた【浮遊】の魔法を無詠唱、瞬間発動で【飛行】に切り替えた。
進行方向に意識を向ける。
次の瞬間。
アキラを乗せたまま私の体が、弦から放たれた矢のように弾けた。
「にゃーーー!」
間近で意味不明な悲鳴が聞こえるが、きっちりとしがみついてるので気にしないことにする。
一気に梢の上にまで出る。
かなり先、森の木々の上を当たり前のように走る教官の姿が見えた。
<教官、ストーップ!>
思考通信で制止しながら、その背になんとか追いすがるべく、落下の速度をプラスして再加速。
「っーーー!」
とりあえずアキラはしっかりと掴まっているのでよしとする。
森の途切れ目の目前、リブラ教官の背中をなんとか射程に収めた。
<教官!>
叫んだ瞬間だった。
嘘のような急停止をリブラ教官が行った。
さらに彼女は背後から高速で迫った私をマタドールのように体を翻して見事に回避した。
まったく予想していなかった動きだった。
私は勢い余って森から飛び出しそうになる。
頭を起こし、急制動をかける。
わずかに上昇した眼下で、4頭立ての馬車とそれを取り囲む男たちの姿が見えた。
慌てて下降しようとする。
すると伸びてきたリブラ教官の白い手が私の柄を掴んだ。
彼女の体重分の増加もありスムーズに下降ができた。
「トーサン、何をやっているんだ」
枝葉を器用に避けながら地に降りつつ、教官が呆れ顔をする。
<いや、あのまま常人離れした勢いで、1人で突っ込んでしまうかと思って>
「そんな訳ないだろう。というよりも私が1人で突っ込むよりも、空飛ぶホウキが目撃される方が問題だと思うのだが」
魔法やそれに類するものを現地の人間に目撃されることは、物語にもよるができるだけ避けねばならなかった。
特に今いる世界は物語レベル1、魔法の類は基本的に実在しない世界である。
<すいません>
「まあいいさ、さてアキラ君大丈夫か?」
「大丈夫です……、それよりも急いで助けにいかないと」
まだ私を掴んだままだったアキラが、よろめきながらも立ち上がる。
その時、風に乗り男たちが騒ぐ声が聞こえてくる。
「スケタロウを先行させたから大丈夫だと思うが」
見ると木々の向こうで、急降下と急上昇を繰り返す茶色の弾丸に男たちが翻弄されていた。
「まあせっかく役者も揃ったことだ。真打登場といこうではないか!」
緑玉の目がすごく活き活き輝いていた。
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