第3話 魔法

 浮かび上がた金属のリングの通った鍵は2つ。

 大きな金色の鍵。

 小さなパステルピンクの鍵。

 アキラは鍵のうち大きい方を掴み取った。

 同時にその胸の前に変化が起きる。

 光が揺らめき滲みだし始めた。

 それはやがて小さな両開きの扉を形作り、実体化する。

 扉の鍵穴に金の鍵が差し込まれた。

 開錠の音と共に自然と扉が開いた。

 中からは淡い光が漏れている。

 アキラはなんの躊躇もなく、その光の中に自分の腕を突っ込んだ。

 そのまま、しばらく何かを探すようにまさぐる。

 やがて、目的の物を見つけたようで腕を引き抜いた。

 役目を終えたとばかりに胸の扉が静かに閉じる。

 そして鍵穴からひとりでに抜け落ちた鍵が、地面に落ちる前に光の粒子となって消え去った。

「よし」

 そう言ったアキラのか細い間には、フィルム型の情報デバイスが挟まれている。


 奇術師も真っ青な光景であるが、もちろんタネも仕掛けもある。

 『魔法』という技術がもたらすタネと仕掛けが。


 万能物質『マナ』。

 それは意思に反応しあらゆる物質に変質するもの。

 時にそれは、一般的に使われる質量保存の法則すらも超越してしまう。

 ぶっちゃけてしまえば、何でもありのふざけた、まさに万能物質だった。

 

 そのマナを操り、様々な事象を起こす技術が境界図書館の『魔法』だった。

 

 使用時の手順は、心の中で起こしたい事象のイメージを結び、それを言葉による詠唱で補強、体内や周囲のマナに伝え変化発現させるというのが一般的であった。

 ただ、一般的といっても境界図書館の魔法は簡単に型に収まってしまうほど簡単なものではなかった。

 なぜなら、その源が心中のイメージだからである。

 それこそ同じ効果を求めても人によって手順は変わるし、同じ手順を踏んでも効果は千差万別となるのだ。

 『人の思いの数だけ、魔法がある』というのが、私の初期研修での担当教官の言葉である。

 

 ただ、それでは組織として運用する際に不便なことがある。

 そのために、境界図書館では規格を統一し使いやすく定義した量産型の魔法ともいえる『共通魔法』を開発。

 少なくとも司書はその一部が使えることが必須となっている。


 共通魔法で代表的なものは、テレパシーのように思考を相手に直接伝えることができる【思考会話】や、そのものずばり身体能力を増幅させる各【身体強化】系統がある。

 

 魔法の存在は、任務において危険に晒されることが少なくない司書にとっては大きな戦力となるものだった。

 同時に魔法があるからこそ、アキラのような子供でも司書の任務に従事できてしまえる現状を作ってしまっているとも言える。


 さて、だいぶ話がずれたが、結局アキラが見せたびっくり現象はこの魔法だった。

 さらに言えば、今アキラが使ったのは『共通魔法』に対して『固有魔法』と呼ばれる、個々の適正と心の形から生まれ出づる『本来の魔法(初期研修の教官談)』である。

 その魔法名は【心室】といった。


 その効果は、胸に現れた扉と、どこかにある6畳ほどの広さがある結界空間をつなげることができるというものである。

 扉を通ることができる大きさのものなら自由に出し入れが可能だった。

 私の中では某ネコ型ロボットのポケットの小型版だと理解している。

 大きさの制限があるものの、司書の任務においても非常に有用度の高い魔法といえた。


「はい、これでどうですかオトーサン?」

 気づくとアキラが私の柄の部分に情報デバイスが巻きつけてくれていた。

 巻かれたフィルムが徐々に柄と一体化し、表面上に描かれた模様のようになる。

<マドカさん聞こえますか?>

 情報デバイスの思考通信を利用してみる。

<ほいほい、聞こえるわよ。データリンクOK、パーティー内での思考通信もできてるみたいね。それにしてもマナの変動で一応反応があるのはわかるけど……>

 マドカさんはそこで一旦言葉を止めると深刻な表情をする。

<やっぱり無機物だからか生体データ的には死んでるわ>

 いきなりの死亡確認宣言である。

 リブラ教官が思わず小さく噴き出して、慌てて明後日の方向を向いた。

「……」

 とりあえず気を取り直して、念のためにいくつかのことを試してみることにする。

「あ、ああー、テス、テス、本日は快晴なり」

 情報デバイスの外部音声出力機能を使用して声を出してみた。

 思考通話ができるとはいえ、実際に声が出せたほうがいい場面もあるのだ。

「ひゃっ!」

 しかし、再び私を握っていたアキラが声に驚いて手を放した。

 というよりも放り投げた。

 いきなりだったので、危うくく地面に転がりそうになるところを自らの体にかけた【浮遊】魔法をコントロールしぎりぎりで耐える。 

 

 無機物に転移したからといって、痛覚などがなくなるわけではないのはこれまでの経験で分かっていた。

 体の器官はなくとも情報の受信はできるらしく、五感と身体感覚はしっかりあるのだ。

 なのでこの姿でも地面に転がると、情報デバイスの基本機能として適用されている簡易な【防護】や【身体強化】の魔法があったとしても地味に痛いはずである。

 なにせ、カッチカチに固まった体なのだから。

 ちなみにホウキになった今の状態をいえば、柄が体本体、穂の部分が手足的な感覚はあるのだが、さすがに受け身を取るにしても手足が短すぎる。

 通常の体の構成を考えればおかしなバランスではあるが不快感はない。

 これは毎回そうなのだが、本人をして不思議である。

 

「あ、ごめんなさい」

 アキラが慌てて微妙な体勢で留まった私を拾おうとする。

 だが、私はその手は空を掴んだ。

 他の目がないので、ここなら自立しても問題はない。

 

「しかし、トーサンもアキラ君も周囲のマナへの順応の早さは相変わらずね」

 私が再び掴もうとするアキラの手から逃れていると、マドカさんが本当に関心した口調で言った。

「通常は別世界に渡ると物語世界特有のクセがあるマナへの順応に手間取って、手練れの司書でもしばらくは魔法の発動やコントロールができないことが多いのにね~。最高位である司書騎士のリブラちゃんはともかく、二人ともそこはさすが候補生ってところよね。特にトーサンはすでにそっちのマナとのシンクロ率が9割越えているし、素直にすごいわ」

 リブラ教官も無言で頷いている。

 評価されたら評価されたでなんともこそばゆい。

「ただ、これでちゃんと体があればね~」

 と、思ったら最後に落とされた。


 リブラ教官が咳払いをする。

「さて、これで一応活動可能となったわけだが。マドカ。今回の任務の内容だが変更などないか確認をしておきたい」

 その言葉にマドカさんの顔が仕事のものへと変わる。

「了解。現在、特異点に関する変動などは認められていません。特異点の中心要素は『ブドルク男爵家にいるエミーリア』、そちらの世界のオーダーは当初と同じ『彼女をオイステン王国第一王子、ハインゼル=オイステンの王子妃にする』です」

 特異点中心要素というのは異変の中心地や中心人物である。

 今回は、ブドルク男爵家のエミーリアという少女がそれに該当した。

 何らかの理由で、彼女を中心として物語があるべき姿から逸れ始めているのである。

(それにしても)

 1人の少女と王子の間を取り持ち婚約させる。

 実に物語的な内容という意味では、やりやすかった。

「わかった。あと『イレギュラーズ』と『傷』の反応は?」

 尋ねたリブラ教官の声はやや硬い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る