決戦

 早朝の軍議で陣立てを伝えた。各々が素早く配置につく。敵陣でも同様で、陣列はこちらと同様の横一線の陣だった。

「かかれ!」

 ほぼ同じタイミングで敵軍にも攻撃命令が出され、戦場の中央で、先陣の歩兵部隊がぶつかり合った。

「弓箭兵! 構え……撃て!」

 アルベルトの命で後列の弓兵が射撃を行う。敵も同じように射撃を加えてきた。まるで鏡写しのように同様の命令が下されてゆく。

「ラン、どう見る?」

 思わず問いかけてしまったが、あいつは公女の元に送り込んでいる。この戦いは俺が一人で考えて采を振るう必要があった。改めて戦況を見るが一進一退であり、特に動きはない。

 ただ、明らかにこちらの動きをみられているような、いやな感じだけがあった。


 しばらくして戦況が動いた。敵左翼に新手が投入され、こちらの右翼を外側から包み込むような動きを見せたのである。アルベルトは予備兵を右翼に差し向けた。

「いかん、囮だ!」

 思わず叫ぶが、その言葉がアルベルトに届くはずもなく、敵騎兵が中央に向け一気呵成に突進してきた。

「伝令! ビクトルに中央突破してきた敵騎兵を防ぐよう伝えろ!」

 伝令兵が走り出すが間に合うか? 敵将の居所もわからない。慎重に判断を下す必要があった。

 中央に圧力を加えられているので前衛の歩兵部隊は押しまくられている。互角の戦いを演じていたことがまるで嘘であったかのようだ。中央の穴をビクトル率いる歩兵300が槍衾で食い止めようとするが、敵の騎兵にかく乱され傷口が広がってゆく。


「ふむ、ありゃ持たんな……アドニスに伝令。前衛をあえて突破させ、その側面を突くように伝えろ。俺たちも出るぞ!」

「は!」

 何となく予感があった。あの騎兵の中に敵将はいない。おそらく後方で戦場のすべてをコントロールしている。恐ろしく巧みにだ。

「敵右翼を突く。一気に突破して本陣を目指すんだ!」

 右翼を崩せばアルベルトも一息つけるだろう。そうすれば戦線を立て直せる。そしてこちらが突破して本陣を突けば、敵前衛の動揺を誘える。そうすれば攻勢限界に達した敵に反撃を加えられる。

 とまあ、考えるのは簡単だが実行に移すには困難を極めた。そもそも現状で戦況は2:8ほどで、かなり押し込まれている。ここから逆転できればそれこそ奇跡の勝利と言われるほどだろう。

「続け!」

 敵右翼外縁に展開し、味方の歩兵を押し込んでいる敵部隊に横撃を加える。それによって敵陣が乱れたので、さらに引っ掻き回して突き崩す。これによって余力のできた味方歩兵が反撃を行い、何とか押し返す。

 そのまま押し込まれていた陣列を徐々に押し返しだすことを確認した後、敵歩兵の後方に回り込むような動きを見せ、敵の動揺を誘うことに成功した。

 敵予備兵がこちらを包囲すべく動きだしたので、一度引き返す。そして後方を確認すると敵の動きは常軌を逸していた。なんと、中央突破した部隊がそのまま突き進み、こちらの本陣を突くべく突撃を敢行していたのだ。

「ラン、任せた」

 信頼する腹心を無理やりにでも信じ込み、アドニスの騎兵の一部を抽出して500の突撃部隊を編成する。本陣特攻部隊以外は、アドニスの騎兵に横から突かれ、混乱していた。もはや戦線は存在せず混戦状態である。

 アドニス自身も騎兵を100単位の中隊に分けて、個別に敵兵を叩いている。消耗戦の様相を呈していた。

「まずいな。このままだとこちらが先に力尽きる」

 序盤に押し込まれていた分、兵の消耗はこちらが大きい。敵本陣を突き崩すしかない。

「続け、敵本陣を突く!」

 騎兵を引き連れて的中突破を狙う。騎兵は歩兵の天敵である。いくつかの敵陣を馬蹄にかけ、一気に突破していく。そしてついに旌旗の上がった部隊を発見した。皮肉にもロウム大公の旗を掲げた軍同士が血みどろの戦いを繰り広げている。

「お頭、いきやすかい?」

 古参の傭兵が歯をむき出して突撃の命を待つ。いい度胸だ。

「おっしゃいくぞ。続け!」

 槍を構えた騎兵20が先行して敵の弓矢をかいくぐり、前線に穴を開ける。無論無傷とはいかず、数名が矢を受け落馬する。横にかまっている暇もなく、ひたすら前のみを見て突き進む。すでに何人の敵兵を倒したかわからないほどで、腕は鉛を巻き付けたかのように重い。

 こちらはすでに数時間戦い続けているが、敵は戦闘開始からずっと本陣に詰めており、戦闘を行っていない。兵科の優位はあるが戦力的には互角であろう。

「うおおおおおおおおお!!!」

 腹の底から雄たけびを上げ兵を鼓舞する。歴戦の部下たちは同じく喊声を上げ敵を蹴散らす。しかし、名だたる名将の率いる旗本ゆえになかなか崩壊してくれない。こちらの突撃の勢いがなくなるのが先か、敵陣を突破するのが先か。先陣を入れ替えて次々と新手を繰り出す繰り引きの戦術だが徐々に疲労と被害が蓄積する。

 そして無限とも思える突撃を繰り返して、ついに敵将が率いる部隊を補足したのだった。

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