決戦前夜

 マルレン平野は言葉通りの開けた地形で、ほぼ起伏もないため、伏兵などはほぼ不可能だろう。兵力はほぼ同数。小細工なしの真っ向勝負となりそうだ。

 グレイブ伯の兵力は歩兵3500と騎兵500。こちらが歩兵3000と騎兵1000。ほぼ互角である。さてどうしたものかと考えていると、アドニスが神妙な顔つきで近寄ってきた。

「アレフ卿、グレイブ伯は我が義父にして師であります。仮に私が指揮を執ったとして、手の内は全て伯の中にあると考えてよいでしょう」

「それはアルベルトの爺さんでも同じか?」

「そう、手の内を知られているという点ではね」

「だが逆もしかりだろう?」

「それもそうなのですが、演習でと但し書きが付きますが、我ら一度たりとも伯に勝利したことがありませぬ……」

「なんてこった……」

「この国一番の戦上手ゆえに軍権を任されていたのですよ」

「まあ、道理だな。で、何が言いたい?」

「貴殿ならば伯を破ることができると思っております。ましてや小細工の利かぬこの地形ですから、真っ向勝負となりましょう」

「そうだな、別に小細工は嫌いじゃないんだが」

「我ら騎士は勝たねば全てを失います。地位も名誉も、そして命さえも」

「んなもんは傭兵だって同じさ。まあ、何とかやってみるさ」

「ええ、お互い武運を」

 うわさは聞いていた。帝国がロウムを取り込んだ理由としてグレイブ伯を麾下に取り込みたかったらしい。しかし、帝国軍には降らず、そのまま引退を宣言したとか。

 そんな彼がここで反旗を翻す。違和感しかなかった。しかしながら今更それを追求する手間も時間も取れない。今は戦って勝つ以外に道は無いものと考えようか。

「我が君。陣立てはいかがなさいますか?」

「横陣だ。先陣はアルベルトの爺さん。第二陣にアドニス卿だ」

「本隊は後方に置くとしまして、あとはどのように?」

「お前ならどうする?」

「本陣前にクロスナイツを配置します」

「ふん、重厚だな。正攻法ともいえる」

「私ごときではこれが精いっぱいですね」

「謙遜するな。基本的な陣立てができるのは軍学をきっちり修めている証左だ。少なくとも悪手ではない」

「して、我が君のお考えは?」

「アドニス隊後方にクロスナイツ歩兵300を配置。本陣には野戦築城だ」

「はっ。して残りの騎兵は?」

「俺が直卒する。左翼に配置だ」

「待ってください、まさか先陣切って突撃しませんよね?」

「約束はできんな。普通に陣の押し合いになれば俺の騎兵は敵の右翼部隊を外側から崩す楔だ。しかし、中央突破された場合は……」

「なるほど、それで本体に野戦築城ですか。しかし、離脱は困難になりますが?」

「野戦で負けてる時点で離脱しても仕方あるまいよ。あとなんぞないんだからな」

「確かに。なればそのように」

「あと、歩兵はビクトルに任せてお前は本陣つきの士官とする。本陣に迫られた場合、お前が指揮を執れ」

「すでに本陣には寄り子の騎士の皆さまが詰めておられますが?」

「ふん、そんなもん当てになるか。陣借りの傭兵で信頼できるのをお前の下に付ける。最悪それだけが戦力と考えておくように」

「はい、何としてでもやり遂げて見せます」

「やばいと思ったら全部見捨てて逃げろ。俺もそうする」

「我が君、それはさすがに……」

「外聞なんぞ生きてりゃいつか覆せる。死んだらそれまでだ。いいな?」

「はっ!」

「ビクトルの奴は殺して死なねえだろ。ガハハと笑いながら包囲網を蹴散らす姿が目に見えるな」

「兄上は……やりかねませんね」

「だろ?」

 そうして俺とランは顔を見合わせて笑みをこぼした。うん、いい感じに肩の力が抜けたようだ。全く、世話の焼けるやつだよな。


「さて、諸君。我らはこれよりかのグレイブ伯との一戦に及ぶ。不敗の名将だ。どうだ? こわいか?」

「「「サー! ノー! サー!」」」

「いい返事だ。今俺たちがいる場所は地獄の一丁目だ。油断すりゃそのまま地獄行だ。しかし勝てば俺たちはゆるぎない名声を得る。クレア殿下に勝利を捧げん!」

「「「アレフ! アレフ! アレフ!」」」

「では、いざ行かん! 大丈夫だ。俺に任せときやがれ!」

「「「ワアアアアアアアアアアアアア!!!」」」

「お前らが戦場でなすべきことはなんだ!」

「「「殺せ! 殺せ! 殺せ!」」」

「戦場で名声を得るにはどうしたらいい?」

「「「殺せ! 殺せ! 殺せ!」」」

「いい返事だ……出陣!」

 とりあえずよくわからんテンションで士気は高い。さて、鬼が出るか蛇が出るか、ひと勝負と行こうか。

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