士気向上のための演説

 グレイブ伯不予の情報は、当然というか偽情報だった。自分としては今更だが兵に若干の動揺が見られる。意図的に流していたようだな。


「アレフ殿。士気が盛り上がらぬ。どうしたものかの?」

 アルベルトの爺さんが深刻そうな、それでいて俺を試すかのような目線を向けてくる。

「んー、ちょいと活を入れてみるか」

「ほう、ではお頼み申す」

 軍歴はさておき、立場上事実上のナンバーツーになってしまったので、この爺さんも俺を尊重した態度をとっている。それで軍内に示しを付けていることもあるようだ。だがそれは一度の失態で崩壊するようなものだ。というか、負けたら次はない。

 味方の兵は日和見の連中が、アドニス将軍が寝返ったとの情報を得てはせ参じてきた。同時に陣借りの傭兵なども集まっており、何とか4000ほどまで集まっている。数の上では同等となった。

 それだけに士気が重要になる。押し合いが続いた状態で、こっちが先に根負けすれば即座に崩壊しかねない。

 そして全軍を集めて訓示という名の檄を飛ばすことにした。

「諸君。よくもまあ、弱体の我が軍にはせ参じてきた。物好きなことだ」

 俺の第一声にざわめきが起こる。ルシア公女も眉をひそめているが、とりあえずは傍観してくれるようだ。

「諸君らが何を求めてこの軍に参加しているかは問わない。義理やしがらみ、領主への忠誠、そして立身出世、何でもいい。敵を倒す意思を持ってくれさえすればだ。もちろん、功績には恩賞を持って報いるだろう」

 この一言に傭兵たちから歓声が上がる。そりゃそうだ。功績にはボーナス。傭兵をはたらかせるにはこれしかない。

「さて、諸君らは底辺だ。それこそ食い詰めて傭兵になった者もいるであろうし、税の一環として徴兵された者もいるだろう。だがそれがいい」

 さらにどよめきが起こる。俺の言葉を待つ体制ができた。ここだ。

「「世が世なら」よく聞く言葉だ。先年の大戦でいくつもの国が滅んだ。帝国すら分裂している。それで、落ちぶれた貴族や王族がそう言ってタカリに走っているわけだ」

 この一言に騎士連中はやや眉を顰める。まああまり上品な言葉じゃないしな。

「で、だ。「世が世なら」俺はただの傭兵だ。間違っても騎士様になんぞなれない。だが今俺の肩書は騎士様でしかも公女様の副将だ。ということはだ……」

 傭兵連中はさすがにこの手の話が速い。目の色が変わり始めた。

「今の世は力を示せば出世できるってことだ。いい世の中じゃないか。なあ?」

 傭兵が鬨を上げる。いい盛り上がりだ。農民兵もちょっと目の色が変わりつつある。

「王様、貴族、騎士、役人。彼らはこの世の始まりからそうだったのか? 諸君らは底辺のままなのか? 否、断じて否! 帝国の創始者は偉大な王だった。だがその王の父の名を知っているか? どっかの英雄の母親の名を知っているか? 王様や英雄はチャンスをものにしたから成り上がれたんだ!」

 うん、騎士様たちの目線が痛い。ルシアもこれまでの秩序を破壊するような言動にもはやため息を漏らしている。けど先にそれやったのあんただからな? 一介の傭兵を騎士に引き上げたのは、な。

「俺は諸君らに最も豊かな地を与えたいと思う。今は苦しいかも知れないが、戦いの後には笑って過ごせる安住の地を与えたいと思う。そしてそれには何をなすべきか? 勝利だ! 諸君らの栄光を脅かす敵を討ち滅ぼすのだ! これより我らはグレイブ伯との戦に臨む。だが恐れることはない。この俺が率いているからだ! 諸君らは戦のあとでこう名乗るがいい。アレフ将軍の麾下で戦ったと。そうすれば子供すら諸君らを英雄と知るであろう」

 実によく回る口だ。なんか騎士連中も目の色を変え始めてやがる。実際グレイブ伯との戦いで勝たなきゃ彼らも滅びることしかないからな。

「いいか、自覚しろ。将軍の印綬は、騎士の紋章は、全て諸君らの背負う背嚢に入っているんだ! それをつかみ取れるかは諸君らの働き次第である。諸君らの勇戦に期待する! 以上」

「「「アレフ! アレフ! アレフ!」」」

 兵たちは拳を天に突き上げ熱狂の坩堝にあった。うーむ、ちと煽りすぎたかもしれんな。って思ったらルシアもなんか目つきが怪しい。

「アレフ、私に勝利を捧げるのです!」

 うん、様子がおかしい。テンションが上がり過ぎているようだ。

「我が君、私の身命に替えましても勝利を!」

 ラン、落ち着け。というか、お前も目つきが怪しいぞ?

 無言で俺の肩をポンとやって兵のもとに向かったアルベルトの爺さんはまだまともで、なんか目の幅で涙を流しながら俺の抱き着こうとしてきたアドニスがやたら暑苦しかった。

 軍を編成してゆく。先陣はアルベルト爺さん率いる重歩兵2000。第2陣はアドニスの騎兵1000。本陣に公女親衛部隊500とクロスナイツ500。

 グレイブ伯も可能な限りの兵を引き連れて戦場に現れた。兵力は予想通り4000ほど。歩兵が主体で騎兵が少ない。そもそも騎兵のほとんどはアドニスが引っこ抜いている。

 こうして両軍はロウムの北、マルレン平野で対峙することになったのだ。

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