文句があるやつはかかってきやがれ!

 軍議を開いた。と言っても出席者は、俺、ラン、ルシア、アルベルトの爺さんだ。人前でなければ口調は問わないとのありがたい仰せに従って、普段通りの口調で話している。

 敵の陣容とか部隊の編制とか話し合ううちにふと気づいた。そもそも、俺の顔すら知らん将兵がいるこんじゃないか。そんな懸念を伝えると、とんでもないことを言われた。

「では、アルベルトと一騎打ちなどどうですか?」

 ドヤ顔で言い放つルシアに思わずツッコミを入れる。

「なんでそうなる?!」

「えー、だって一番手っ取り早いかと。それに、アルベルトを破ったとなればあなた自身にも箔が付きますよ?」

「つーか、今更なんだがよ。アルベルトの爺さんが大将でいいじゃねえか。俺は前線指揮官。その位が「分」だと思うがね?」

「謙遜するな。そも、お主は辺境伯家の男子じゃろうが」

「滅んだ家にどんだけの価値があるよ? 世が世ならって言うのは負け犬の遠吠えだぜ?」

「それをありがたがるものもいるということじゃ。ヴァレンシュタイン辺境伯家は武勇をもって知られておったのでな」

「最後は見事に負けた挙句に族滅だけどな。知られていたって過去形じゃねえかよ」

「身もふたもないのう」

「世の中そんなもんじゃないか?」

「で、話を逸らすのはこれくらいでいいですか?」

 口をはさんできたルシアに思いきり顔をしかめて見せる。まあ、時間稼ぎにもなりゃしないと思ったけどな。現実逃避って意外に重要なんだぜ。心の平穏を保つにはな。


 明朝、軍の編制が発表された。名目上の総大将は公女たるルシアである。で、事実上の総指揮官である、副将の名前を見て唖然とした。一介の傭兵隊長が騎士に叙任の上、アルベルト将軍やアドニス将軍を飛び越して任じられたのである。

 血の気の多い若手騎士あたりが、決闘だとか叫んでるやつらもいる。まあ、敬愛する上司の頭ごなしの人事だったらそりゃ不満に思うよな。

「どういうことですか!!」

 真っ先に怒鳴り込んできたのはアドニスの妻であるクレアだった。

「納得いきませぬ! そのような下賤の輩に指揮権を渡すなど!」

「納得いかなかったらどうするのです? また背きますか?」

 無表情にルシアが告げるとクレアは顔を真っ赤にして黙り込む。

「どうなのです?」

「……わかりました。では一騎打ちを所望します」

 ルシアが俺の方に目配せをしてくる。というか針の筵だなこれ。視線が針になるってんなら俺の顔面はハリセンボン状態だろう。

 さすがに少しイライラしていたので承諾する。

「いいでしょう。では、表に出なさい」

 酒場の酔っぱらいの喧嘩じゃないんだから、えらい軽い口調で命じられ少し脱力する。

 さて、このクレアって女騎士も武勇に優れるとか聞いているが、手加減できる程度の腕であってほしいもんだ。殺しちゃさすがにまずいよなあ……。


 そんな俺の心配は杞憂に終わった。さすがに真剣でやりあうことは許可されず、練習用の木剣である。これならやりようはあるか。

 剣を腰に納め向き合う。始めの合図などはかからない。戦場では合図されてから襲ってくることはないという考えのようだ。中々実践的だ。

「はああああああああああああ!!!」

 裂帛の気合とともに突き出される剣先を躱す。俺は剣を抜き放っていない。それがなめられたと感じたか、顔を真っ赤に染めてすさまじい連撃が飛んでくる。怒りに身を任せているようで実は無駄のない攻撃に舌を巻く。そしてそんな攻撃を剣を抜かずに捌く姿にまず旦那であるアドニスが呆然としていた。日ごろ苦労していそうだ。今度酒でも持って行ってやろう。

 頃合いだと判断した。すでに撃ち込まれた攻撃は50に達し、一度も俺にかすりすらしていない。

「反撃する。必ず受けろ、いいな?」

「なっ!?」

 剣を体の前に立てて防御の構えを取る。その姿を見極め、俺は足を踏み出した。

「ふっ!」

 呼気と共に腰、肩のひねりを腕に伝え、体の中心に棒が入っているさまをイメージする。その軸を中心として剣先にすべての力が集まるように振り抜いた。

 キンッ! と、金属音のような音が響き、俺は剣を振り抜いた姿で残心を取り、バックステップして納刀する。そして、斬り飛ばされた木剣の片割れが落ちてきて地面に突き立った。

「あれは……抜刀術か!?」

 アルベルトが驚きを隠せない声でつぶやく。そして頼まれもしないのに説明を始めた。曰く、東方に伝わる剣術の一つで、鉄すらも断つ威力を発する。達人は立ち木を両断するなどと眉唾なことを言い始めたが、話しているのがアルベルトなので、周りもさすがに突っ込むことができず聞き入っている。

 いい加減面倒になったので提案する。

「というかよ、俺も命に従っているだけではあるんだな。しかし上役を勝手に決められて不満なのはわかる。だから……」

 俺はニヤリと口角を上げて言い放った。

「文句があるやつはかかってこい。一対一なんてケチなことは言わん。まとめてきやがれ!」

 すると腰の剣を抜き放って数人の騎士がこちらに向かってくる。というか、せめて木剣持とうぜ。とツッコミを入れる暇もなく、連携も取らずただ思い思いにかかってきているだけならば木偶にも等しい。

 立ち位置を調節して一対一の状況を作り出し、個別に叩き伏せる。それを繰り返して、30人ばかり叩きのめしたあたりでなんかでっかい盾を持った……おい爺さん。年寄りの冷や水だろうが?!

「ぬおおおおおおおおお!!」

 でっかい剣を振り回し横殴りに斬りつけてくる。体を沈めつつ剣の腹を下からカチあげてそのまま潜り抜けざま肉薄すると、敵もさるもの盾を叩きつけてきた。

 下がった姿勢のままに盾の下のふちを叩く。すると盾が傾くので、飢えのふちを掴んで引っ張ると、相手の顔が見えた。そこを素早くスコンと引っ叩く。普通の一騎打ちじゃ使えない手だな。そもそも実戦なら兜とかつけてるだろうし、今の攻撃じゃ倒せん。

 アルベルトがひっくり返ったのを見てさすがに戦意喪失したのかこれ以上かかってくる者はいなかった。

「そこまで!」

 タイミングを見計らっていたことがありありと分かるタイミングでルシアが宣言する。というか気づかなんだが、ぶっ倒れている連中のなかにアドニスがいたらしい。すれ違いざまにばっさりやられるのを見てアルベルトが参戦したらしかった。

「いやあ、見事な武勇。感服しましたぞ!」

 アルベルトがからからと笑いながら言う。というか半ば芝居だろ。

「アレフ殿の武勇は皆理解しましたね?」

 ルシアの横で将兵を睥睨する俺の目線を感じてかみな無言でコクコクと頷く。そういえば、騎士様に因縁着けられてたらしく、あのドタバタの裏でランも10人くらい張り倒していたらしい。


「アレフ・アルブレヒト・フォン・ヴァレンシュタイン。汝をロウム公国の騎士に任じます。重ねてこの戦における軍権を汝に預けます。武運のあらんことを」

「殿下のもとに勝利をもたらし、このご恩に報います」

 こうして、俺の将軍就任は成った。さて、次はいよいよ本番、グレイブ伯との決戦である。ああ、気が進まねえ……。

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