論功行賞

SIDE:ルシア

 傭兵団との戦いに勝利し、叔父上の軍勢とにらみ合いを続ける中、陣借り者の面接をすることになった。

 自称天才軍師の青年はうさん臭さが満ち溢れている。空虚な弁舌を振るっていかに自分が有能かを根拠のない論法でまくしたてる。

 思わず彼の言葉をさえぎって聞いてしまったのだが……。

「ではアンドリュー卿。貴公はこの私に如何なる才を持って仕えようとしているのか?」

「はっ。我が才知を持って殿下に勝利を捧げましょう」

 公女ルシアは首を傾げた。僅かな間をとってさらに問いを重ねる。その才知の根拠とは何だとツッコミたい気持ちを押さえて問いを重ねる。

「重ねて問おう。貴公の考える勝利の前提とは何か?」

「然れば。我が知略にて兵を縦横に操り、敵を破りましょう」

「ほかに無いのですか?」

「殿下のご威光と我が知略があれば他に何が要りますか?」

「うん、却下。お帰りはあちらです」

「なっ!? 後悔いたしますぞ?」

 アンドリューと名乗った青年は顔を真っ赤にして陣幕を出て行った。

 ルシアはため息を吐いて隣に佇む老将に声をかける。

「アルベルト、なぜ彼を採用しなかったか、貴方はわかりますか?」

「机上の空論ゆえに」

 アルベルトの答えは簡潔かつ一刀両断であった。

「まずウチの陣営の現状を全く理解してない。軍勢以前のお話なんですけどね」

「補給もままならず、遠征どころか防戦で手いっぱいですし」

「その通りです」

「知略はそれこそ努力とかで埋まりますが資金とか兵糧は出て来ませぬ。彼は将来兵糧責めとかで致命的な敗北を味わうでしょうよ」

「しかし軍を率いる人材がいません。どうしたものですかねえ?」

「ふむ。心当たりが無くもないですが」

「へえ? それは何処の騎士様ですか?」

「アレフ殿です。彼も我等と同じ考えですよ。それに腕も確かです」

「無礼者ですけどね」

「まあそこは目をつぶっていただきましょう。小勢なら私も扱えますが彼は英雄の器です」

「それはいつもの皮肉ですか?」

「さて、彼の武勇と戦場でのカンは並外れています。一瞬で敵勢の弱点を見抜き、そこを突く判断力。とても常人のなし得るものにあらず」

「ふうん。そうね。私も命を救われていますし、ね」

「殿下の副将に任じ軍の指揮権を任すべきかと」

「ナンバーツーにするということは貴方の席次も下がりますが?」

「それが何か?」

「いいでしょう。アレフ殿のところに赴きます」

「さすがです。呼び付けようとするならばこのハリセンが唸るところでした」

「賢者と勇者に対する礼節は軽んずべからず。父の教えでした」

 ルシアは失われた暖かい日々を思い起こし、微かな感傷に浸るいとまもなく席を立った。


Side:アルフ

 ルシア殿下から来訪を告げる使者が来た。褒美の話らしい。まあ、うちの傭兵団の連中がきっちり食える報酬を提示してもらえればいいんだが、貧乏所帯だからなあ。

 そういえば、アドニス夫妻はルシア殿下に背いた罪を許された。功罪をそのまま相殺したらしい。クレア嬢は感激のあまり涙を流していた。すげえ騙されやすそうだ。

 と言っても、前線指揮官としては有能らしい。特に敵陣突破や突撃の勘は天性だとか。

 先日の戦でも最後に突撃を仕掛けて的確に敵陣の急所を食い破っていた。見事なもんだ。

 などと考えているうちに公女の先触れの騎士がやってきた。そしてそのままその場に控える。

「我が君。おかしいです」

 ランが訝し気に話しかけてくる。秀麗な顔の眉間は深いしわが刻まれていた。老けるぞ?

「ん? どうした?」

「通常ならばここで剣を預ける者ですが、そのような申し出がありませんでした」

「こっちから言い出させようってか?」

「臣従の既成事実を作らせる気かも知れません」

「ふむ、今のところは雇い主だからな。それはそれでいいんだが……」

「なれど行動を縛られる恐れが」

「まあ、いい。今は様子見だ」

 アルベルトの爺さんを伴ってルシア殿下が現れた。上座を譲り跪いて口上を述べる。

「殿下にはご機嫌麗しく。此度はいかなる所用でございましょうか?」

「はい、先日のアレフ殿の勇戦を賞して、褒賞を与えます」

「はっ、ありがたき幸せ」

「アレフ殿を騎士に叙任する。また当家の将軍に任じ、私の補佐を命じます」

「は?」

 あまりの内容に俺は口をポカーンと空けていた。

「不満か?」

 アルベルトの爺さんが苦笑いしつつ訊いてくる。そりゃそうだろうがよ。

「我らは下賤な傭兵にすぎず。身に余る故に辞退いたしたく」

「いいえ、許しません。重ねて命じます。軍権を預けます。私に勝利をもたらしなさい」

「無茶言うんじゃねえ!」

「どのあたりが無茶と? 先日の戦いぶりであれば問題ないと思いましたが。ちなみにアルベルトも同じ意見です」

 声を荒げたが動じる気配すらない。妙に腹が据わってやがる。

「というか、俺は底の爺様よりも上位に据えるってのか? それこそ納得しない奴が大量に出るだろ!?」

「わしが進言した。反対意見は儂が封殺する。安心して軍務に励め」

「どこに安心できる要素があるんだよ!?」

「グレイブ伯はアドニスが寝返ったと聞いて泡吹いてぶっ倒れたらしい」

「ああ、それは……まあ、うん」

 敵指揮官不予はいい知らせと言えなくもない。成り行きだがもう仕方ねえ。

「引き受けるにあたって条件があります」

「聞きましょう」

「一定の戦果をあげた後は退職の自由を認めていただきたい」

「それは私では主として不足だと?」

「ありていに言えばな。俺はあんたの器をまだよく知らん。この前の戦を決意したのはいい。領民を守らない領主に存在意義はない。それを見極めさせろ。納得したら剣だけじゃねえ、首も預けてやるさ」

「いいでしょう。認めます」

「いいのか? 戦場でいきなり離脱するかもしれんぞ?」

「それをやるならこの前の戦でやる機会は何度でもあったでしょうに」

「まあ、な。雇い主を裏切るのは道義に反する。それだけだ」

「信頼していますよ」

 なし崩しではあるが俺はルシアの騎士になった。で、一番手勢が少ない俺が大将って一体なにを考えているんだろうか?

 頭痛をこらえつつ、俺はこれからの方策をランと話しあうことにしたのだった。

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