裏切りの魔神とその配下ならびに勇者のはなし

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裏切りの魔神とその配下ならびに勇者のはなし

「貴様が魔神か!」

「ふっふっふ……よくぞここまで来たな勇者よ。だが貴様の命運もここま」

「やい人間め! 頭が高いぞ! この方をどなたと心得る!」

「あっ待って」

「魔の中の魔!」

「悪の中の悪!」

「待ってってばやめようって言ったじゃんそれ」

「冷徹なる氷の君!」

「闇を穿つ者!」

「この辺ももう意味わかんないしさ!」

「霞む陽炎の微笑!」

「月下の蒼薔薇!」

「きみら本当にこういうときばっかりノリノリで団結するよね!?」

「魔界を統べる魔神十三柱が一柱! 裏切りと背信の魔神! ウィルナニーダ様であらせられるぞ!」

「略して!」

「だからさぁ!」

「ナニ様だ!」

「ナニ様!」

「ナニ様ー!」

「もおおおおおおお!」


────


「ほらなんか変な空気になっちゃったじゃん! 人がせっかくそれっぽく出迎えようと思ってキャラ作ったのに! 台無しじゃん! 勇者くん唖然としちゃってるじゃん!」

「ナニ様が変な茶々いれるからでしょ」

「私のせいなの!? なにその冷めた目! 部下のする目じゃないよね!?」

「ないわー」

「ない」

「ナニ様そういうとこあるよね」

「数に任せて私が悪いみたいにしてもダメだからな!? わかったじゃあいいよ、百歩譲って途中まで、ウィルナニーダ様であられられ……あらせられるぞ! まではいいよ」

「噛んだ」

「噛んだな」

「絶対噛んだ」

「うるさいな! はいはい噛みました!」

「顔真っ赤」

「元が青白いだけに顕著」

「うるさい! で! 『あらせられるぞ!』まではいいの!」

「はい」

「はあ」

「その次! なに!? 『略して!』って!」

「?」

「……?」

「…………?」

「なんだその無垢な顔! 分かるだろ! 略すなよ! あの流れで略称まで言う奴聞いたことないだろ!」

「ない?」

「ないかな?」

「ないかも?」

「ないんだよ!!」

「あっでも激情と憤怒のエンライカシュ様は嬉々として取り入れてたよね」

「あー知ってる知ってる。略称『イカ様』にしてみんなに呼ばれる度にゲラゲラ笑って喜んでるよね」

「聞いたことありましたよナニ様」

「ライカは馬鹿だからでしょ!? 大体それ吹き込んだのアンタたちでしょうが!」

「うわっナニ様ひどーい」

「偉大な先輩魔神に向かって馬鹿だなんて」

「ナニ様ですか」

「そ、れ、だ、よ!!」

「?」

「……?」

「…………?」

「その! 用! 法! が! イヤ! なの!」

「?」

「……?」

「…………?」

「わかっててやってるよねきみら!? 大体さ、なんでウィルナニーダの略称が『ナニ』になるの!? ウィルナでもニーダでもいくらでもマシなとこで切れたじゃん! なんでよりによってそこ!?」

「いえ、僕たちも最初はそういう略称を考えてたんですよ」

「でも悔恨と焦燥のベルゼルエル様に相談してみたら『中途半端かよ!』って怒るから」

「だから『ナニ』にした?」

「はあ、まあ」

「中途半端かよ!!」

「えっ」

「『ナニ』の方がよっぽど中途半端だよ!! ばか!!」

「でもベルゼルエル様は『一周回って良い』って」

「あの人全部そう言うじゃん! とりあえずなんでも否定してみてよくわかんない方向に向かわせて、途中で飽きてきたなーっていうタイミングで出してくるお決まりの理屈が『一周回って』じゃん!

いっつもそうじゃんあいつ! 」

「ベルゼルエル様も一応先輩魔神なんですからあんまり失礼なこと言っちゃダメですよナニ様」

「そうですよナニ様」

「抑えてくださいナニ様」

「だからさあ!!」

「?」

「……?」

「…………?」

「ホントムッカつくなその顔! だからさあ、その用法やめてってばさ!」

「用法ですか?」

「そうだよ! きみら時々『ナニ様』のイントネーション変えるでしょ!?」

「変わってます?」

「変わってます!! 言ってみろほら!」

「ナ(↑)ニ(↓)さ(↓)ま(↓)」

「ナ(↑)ニ(↓)さ(↓)ま(↓)」

「ナ(↑)ニ(↓)さ(↓)ま(↓)」

「ナ(↓)ニ(↑)さ(↑)ま(↑)」

「ほらそれ!!」

「エーッ全然気付かなかったナァ!」

「全く意識してなかったワァ!」

「絶対わざとだろ! ばか!! というかそれがやりたくて略称ナニにしたんだろきみら!!」

「まさかそんな、敬愛するナニ様の略称をそんな不敬な理由で決めるなんてありえませんよ」

「そうですよ、僕たちの忠誠を信じてくださいよ」

「史上最低の信憑性しかない忠誠だよ……」

「そんな! 僕たちはこんなにもナニ様を慕っているのに!」

「じゃあなんで略称『ナニ』にしたのか正直に言ってみてよ」

「そりゃまあ……ねえ」

「なあ」

「面白いから」

「おい誰かいまちっさく『面白いから』っつったろ!」

「エッそんな不敬な輩が!? どいつですか、吊るし上げてやりましょう!」

「クソッ、俺たちのナニ様を馬鹿にしやがって! ナニ様なんだ!」

「ふふっ そうだ、見つけ出せ! 少なくとも俺じゃないことは確かだ!」

「オメーらだよオメーら!! 全員で面白がりやがってこのやろう!!」

「ほらほらナニ様、キャラも口調もブレブレですよ」

「徹頭徹尾オメーらのせいじゃろがい!!」

「ほらどうどう、みんなちゃんとナニ様のことリスペクトしてますよ」

「もう嫌こんな部下!」



「……あの」

「ぁあ!?」

「エッ」

「アッ……あー……」

「ナニ様自分から言い出したくせに勇者くんのこと忘れてたぞ」

「……ん、ンン! ……よくぞここまで来たな勇者よ。だが貴様の命運もここまでだ」

「おっ、仕切りなおす方向でいくらしいぞ」

「あれで仕切りなおしたつもりなのか」

「どっちも気まずそうだ」

「どう考えても無理だよな」

「……ほ、ほざけ!」

「おっ、乗ってくれるらしいぞ」

「いい奴だなあ」

「でもどっちも顔真っ赤だ」

「かわいい」

「魔神ウィルナニーダ! 先般貴様が我々の国で行った悪行の数々、到底許せるものではない! その罪、貴様の命で贖ってもらう!」

「悪行? ナニ様なんかしたっけ?」

「またいつものアレじゃないの? ほらナニ様この間物質界に旅行に行ってたし」

「またぁ?」

「今回はナニ様どこ行ったんだっけ?」

「ガルバラン」

「ああ……滝ね」

「滝だな」

「イカ様がツェペシュ大戦の話してるの聞いてるとき目ぇキラッキラさせてたからな」

「あっじゃあなに? もしかして最近やたらと大規模破壊魔法覚えようとしてるのって」

「作りたいんだろうなぁ、ツェペシュの滝みたいの」

「できるわけないんだけどなぁ」

「馬鹿なんじゃないの」

「ふふっ」

「フフン、面白い! ……だが貴様を捻り潰す前に、念のため遺言代わりに聞いておいてやろう! 私のした悪行とはなんのことだ!」

「婉曲にストレートな感じで直接聞きにかかったぞ」

「ナニ様こういうのヘッタクソだからなー」

「忘れたとは言わせんぞ! 貴様のせいで我々の国は崩壊寸前にまで追いやられた!」

「えっ……え、一応聞くけど勇者くんの国ってどこ?」

「聖帝国ガルバランだ!」

「!? なんで崩壊寸前!? なんかあったの!?」

「よくもいけしゃあしゃあと……!! すべて貴様が招いた災厄だろうが!!」

「ええ!? ……ええ!?」

「ほらやっぱりいつものパターンだよ」

「ナニ様も懲りないよなぁ」

「えーなんで……えぇ……?」

「祖国の仇! いざ!」

「勇者くん勇者くん」

「うおぉ……あの、これからラストバトルだってタイミングで魔神以外の人が普通に話しかけてくるのはやめてもらえませんか」

「あっ、勇者くんそういうの気にするタイプ? でもごめんなさいね、ナニ様ちょっといま混乱してますからね、少し待ってあげてくださいね」

「えー……いや今回はほんと気を付けたし……えぇー……?」

「ほら」

「いや、混乱してるって言われましても……倒しにきたわけですし、むしろそれならそれで僕にとってはチャンスっていうか」

「や、それはそうかもしれませんけど、相手がなんだかよくわかってないうちに倒しちゃうのも嫌じゃないですか? 勇者的に。嫌でしょ? ほらなんか嫌な気がしてきた」

「はあ」

「それにほら、元凶のナニ様がこんななんかよくわかってない感じなの、変だと思いませんでした?」

「それはまあ……はあ」

「そうでしょそうでしょ。だからね、ここはひとつ状況を整理しましょうよ。お互いのために。ね、そうしましょ」

「はあ……」

「まずなんですか、今回はどの辺の人がメインになって反逆を?」

「左天騎士団の団長と財務官長です……」

「おっほ」

「また今回はエラいとことエンカウントしたな」

「え?」

「ああいえいえ、こっちの話です。ガルバランはあれでしたっけ、左が対内治安維持で右が対外防衛でしたっけ」

「騎士団ですか? そうです。しかもあのときは折悪く右天騎士団が僻地の魔界門現界の対応に出向いていたタイミングだったので……」

「ひょえー」

「どんだけの運命力だよ……」

「あー……抑止力のない状態で剣と財布が反旗を翻してしまったと」

「……はい」

「それはまた……えー、ご愁傷様です」

「……あの、そういえば当の魔神があんなによくわかってない感じなのに、なんであなたたちは反逆のこととか知ってるんですか。僕言ってないですよね?」

「それはまあ……経験と言いますか」

「経験」

「経験ですね」

「はあ」

「経験からすると、その左天騎士団の団長さんと財務官長さん? でしたっけ。彼ら変なこと言ってるでしょう」

「……確かに供述は精神に異常をきたしているとしか思えない意味不明なことばかりです」

「ウィルナちゃんに会わせろとか」

「……はい」

「ウィルナちゃんのためなんだとか」

「……はい」

「ウィルナちゃんが呼んでるとか」

「……はい」

「で、調べてみたらそのウィルナちゃんとやらは数日前に当人たちが酒場かどっかでたまたま会った女性のことで、しかもその女性の正体はどうも魔神ウィルナニーダらしいことがわかったと」

「…………はい」

「邪教の信徒もかくやというような当人たちの有様から、彼らは魔神ウィルナニーダに裏切りの邪法を使われ洗脳されてしまったんだろうと判断したと」

「…………はい」

「うん、気持ち悪いくらい典型例ですね」

「だからあんなに気を付けろって言ったのにこの人は……」

「というか気を付けてどうにかなるレベルのもんでもないから諦めろっていつも言ってるのに」

「……あの……えっと、どういう……」

「あー事情はわかりましたんで、勇者くんはちょっと待っててくださいね」

「えっ、あ、はあ」

「ほらナニ様聞いてましたか! 今回はどこでうっかり意気投合しちゃったんですか!」

「うっ……い、いや、違うのよ、確かに旅行初日に入ったちょっといい感じの酒場で数人のおじさんたちと……ちょろっとだけ、ほんのちょろっとだけ仲良くなった気はするけど、あれは危なかったなって自分でも思ったから、二日目からはホント、全然、誰とも喋らなかったし……」

「『危なかった』じゃねーよ!! アウトだったんだよ!!」

「しかもそのおっさんたちピンポイントで国の重鎮だぞ!! ワ国の歴史書に『ウィルナニーダの変』ってガッツリ名前残ってんのもう忘れたのか!!」

「うっ、うっうっ」

「大体なんで真名を名乗っちゃうんですか。こういうことになるから偽名使えっていつも言われてるでしょ」

「そ、それは……」

「いやどうせあれでしょ、最初は偽名使ってたけど酔っ払って楽しくなってきちゃっていつもの口上やっちゃったんでしょ」

「うぐっ」

「ああ冒頭の」

「冒頭のね」

「ナニ様なんだかんだ言ってあれ大好きだからな」

「二つ名も結局考えたのナニ様だしな」

「やっ、二つ名はきみらが」

「渋々って感じを装いながらノリノリで改善案を出したの誰ですか」

「……い、いやそれは」

「『せめてさ、"闇を抉る者"じゃなくて"闇を穿つ者"にしてよ』」

「『"断罪者"は狙い過ぎって感じでさすがにちょっと恥ずかしいよ……"冷徹なる"とかその辺でなんとかならない?』」

「ふぐぅっ」

「嫌々言いながらも結局文句つけるの略して以降だけだもんな」

「まあだから略すんだけど」

「えっ?」

「ガルバランの話ですよナニ様!」

「そうですよどうするんですか勇者くんも来ちゃってるんですよ!」

「うっうっ」


「……あの」

「あっ勇者くんごめんなさいね、いまどうするか決めますからね」

「いや、えっと……なんか、違う」

「え?」

「え?」

「え? や、なんか……思ってたんと違う」

「ナニ様が?」

「魔神もそうですけど……なんか、全体的に、ノリが」

「ノリ」

「ノリ」

「ノリねえ」

「割と最初から思ってましたけど……なんか、こう、魔神って、え、違くない? え? 舐められ過ぎじゃない? 部下に」

「だよね!? 勇者くんもそう思うよね!?」

「そういうとこなんですよ」

「エッ」

「ふふ」

「こう、気さく過ぎじゃない? 全方位に。なんか、足りなくない? 邪悪さとか、そういう……魔神感」

「魔神感」

「魔神感ですよナニ様」

「貫禄がない」

「そう」

「それだ」

「いやそう言われても……」

「今回のも……え? 結局何だったんですか? 何かよくわかんないですけど、騎士団長と財務官長には何か魔法使ったからあんな感じになったんですよね?」

「あっいえ、それは違います」

「えっ?」

「ナニ様は別に何も特別なことはしてないです。魔法も呪いも邪法も何も。というかナニ様そんなことできないんで」

「そうだそうだー! 私はそんなことできないぞー!」

「ナニ様はしばらく黙っててください」

「あっ、はい」

「……え? ……え、じゃどういう……?」

「ナニ様はその何とかっていうおっさんたちとただ仲良くなっただけです」

「一緒にお酒を飲んで、騒いで、意気投合して、普通に帰ったんだと思います。ですよね?」

「そうです……」

「……? ……??」

「今度は勇者くんが混乱してしまった」

「まあ、普通はわからんわな」

「僕らも初めて聞いたときは何言ってんだこいつと思ったもんね」

「ちょ……っと待ってください。え? じゃあ何で騎士団長と財務官長は謀反を?」

「や、それはたぶん本人たちが言ってる通りの理由です」

「え?」

「国を乗っ取ることがナニ様のためになると思ったんでしょう」

「……え?」

「ほら、さっき勇者くんも自分でノリがどうとか言ってましたけど、物質界の人たちって魔界のことどう思ってます?」

「どうって……」

「なんか破滅主義的というか、絶滅主義者しかいないみたいな感じ持ってません?」

「……あー」

「魔族といえば脳筋っていうか、闘争こそ悦び! みたいな」

「あー」

「虐殺大好き! とか、人を見たら殺しにかかる! とか」

「あー!」

「もしそんなのが魔族だとしたら、国家転覆ってすごい好きそうなワードじゃないですか」

「あー……」

「しかも裏切りの魔神ですよ」

「三度の飯より好きそう」

「でしょう」

「あー……え、じゃあ魔族が国家転覆好きなのはわかりましたけど」

「いや別にそんなことはないんですけど」

「え?」

「別にそんなことはないです」

「……え?」

「物質界の人の魔界に対するイメージは九割がた妄想です」

「……えっ?」

「や、冷静に考えてくださいよ。魔族がそんなヤバい奴ばっかだったらまともに統治なんてできませんって。ただでさえ物質界の人より各個人の持つ力が大きいんだから」

「なんなら物質界の人より秩序に対する意識は高いよな」

「な。法律も厳しいし」

「……えっ、じゃああの、魔界は武力がすべてだっていうのも?」

「あ、それはあながち間違ってないです」

「えっ」

「すべてってのは言い過ぎですが、抑止力としての力は魔界で統治を行うなら必須です。物質界の人みたいに武力を持つかどうかすら選択可能なら武力を持たない統治というのも可能なんでしょうけど」

「魔族は生まれながらに四方三里くらいは灰燼に帰することが可能って感じのがザラにいますからね」

「ええ……」

「最悪そういうのが束になってかかってきてもなんとかできるだけの力が必要になるんです。理性や規則だけじゃどうしても抑制しきれない部分もありますから」

「ついでに言えば、だからこそ魔界の統治者は十三柱もいるんです。何かあったときに一柱じゃとても対応しきれませんので」

「はあ……」

「で、何の話でしたっけ……ああそうそう、魔族は別に国家転覆とか好きではないんですけど」

「はあ」

「でも物質界の人から見たイメージとしては好きそうなわけじゃないですか」

「はあ、まあ」

「たぶんそういうことなんだと思うんですよね」

「……すみません、繋がらないです。どういうことですか」

「いえですからね、物質界の人的には魔族って国家転覆とか大好きそうに見えるわけじゃないですか」

「はい」

「ってことは、物質界の人が魔族の好きそうなことをしようと考えたら国家転覆っていう選択肢が出てきてもおかしくないわけじゃないですか」

「……はあ、まあ、そう……なるんですかね」

「なっちゃったんでしょうなあ、ということです」

「……いややっぱりよくわかんないんですけど、国家転覆ってそんな『友人の好きそうなパンが売ってたから買ってってあげよう』みたいなノリで試みるものじゃないじゃないですか」

「まあ普通はそうですね」

「国家転覆って言ったら国の一大事ですし、その国に属する誰にとっても人生が大きく変わるレベルの大変な出来事ですよね」

「でしょうね」

「それを、そんな、そういうの好きそうだから、なんて理由で……」

「あーそこですね」

「えっ」

「『なんて』、じゃないんですよ」

「はあ」

「ナニ様が好きそうなら、それはもうやる理由になっちゃうんです」

「……??」

「それくらい深く深く好かれちゃったんですよ。その団長さんと……官長さん? 長官さん? に」

「……ちょっと、やっぱり理解が追いつかないんですが……仮にそうだとして、それはやはり魔法ではないのですか」

「魔法じゃないんですこれが」

「魔法じみた結果は引き起こしますけど、魔法的な過程は一切ありません」

「ナニ様はたぶん、ただ普通に喋っただけです。本人もそう思ってたでしょうし、喋ってる相手もそう思ったでしょうし、もし周りで見てる人がいたとしてもそう思ったことでしょう」

「それでも、ナニ様はただ会話しただけの相手から、ともすれば崇拝よりも強い思い入れをもって好かれてしまうんです」

「『好意の獲得』。それが裏切りと背信の魔神ウィルナニーダ様の持つ、唯一にして絶対の能力です」

「意識してやってるわけじゃないですから、能力というよりは才能と言った方が近いのかもしれませんけどね」

「……そんな、そんなことが……」

「これでも魔界を統治する十三柱の魔神の一柱ですからね。それに見合うだけの、常人からすれば超常的とすら言えるほどの力を有しているということです」

「それでもさすがに、直接的な武力じゃない──『異様なまでに好かれることで相手が勝手に無力化してくれる』なんて力で魔神位に就いたのは十三柱の中でもナニ様くらいですけど」

「じゃあ……じゃあ、今回の件は騎士団長と財務官長が一方的な懸想の果てに暴走しただけ、ということ……なんですか……!?」

「身も蓋もない言い方をしてしまえばそうなるかもしれませんね」

「……そんな……」

「でもナニ様が原因であることも間違いないことです。的外れにも程がある暴走だったとしても、ナニ様のためを想ってやったことであるのは確かなのですから」

「もちろん誰かのためを想ってやれば罪ではないなどということは全くありませんが、ナニ様の場合はただ喋るという行為がそういった重篤な事象のトリガーになり得るということを十分知っていたはずですからね」

「なのでまあ、落としどころとしてはガルバランに対して今回の被害に対する補償をナニ様のポケットマネーからするのと、当事者二名に対するナニ様直々の『めっ』が妥当かと思うのですがどうでしょう勇者くん」

「えっ私のお小遣いから出すの!?」

「当たり前でしょう何言ってんですか」

「とうぶんおやつ抜きですからね」

「えぇぇぇぇ……」

「で、どうですか勇者くん」

「えっ……あっ、はい……補償頂けるんでしたら是非もないところです……『めっ』の方はちょっとよくわかりませんけど……」

「『めっ』ていう言い方恥ずかしいからやめてほしいんだけど……」

「実際いつもそれで当事者の問題は解決してるじゃないですか」

「……してるけど……してるけども……」

「ちょっとガチトーンで叱れば絶対に二度とおきませんから、良いんじゃないですか」

「まあ、今後もウィルナちゃんがどうとかは口走るかもしれませんけど」

「それもなあ……いや好かれるのは悪い気しないんだけど……」

「諦めてください。さっきは才能とか言いましたけど、ナニ様の域まで行くともはや呪いです」

「のろっ……あながち間違ってない気がするから嫌だ……」

「ナニ様はその呪いと向き合うには人を好きすぎるんですよ」

「無自覚悪女なのに人間大好きとかもう災害以外の何物でもないんですからね」

「きみら本当に容赦ないな……」

「ナニ様巷では魔界屈指のファム・ファタールとか言われてるんですよ」

「正直笑っちゃいますけど」

「おいいまなんつった」

「実際のナニ様は悪女っていうか……アホかわいい系って感じですからねえ」

「いまアホっつったろお前」

「バカな子ほどかわいいとも言いますし」

「ついに隠しもしなくなったなこのやろう!?」


「……なんていうか……こういう魔神もいるんですね」

「いえ、魔神はみんなかなり常識人ですよ」

「えっ」

「むしろそうじゃなきゃ魔神位には就けないです。物質界でのイメージが間違ってるんですよ」

「たとえば……そうですね、激情と憤怒のエンライカシュ様っているじゃないですか」

「ああ、はい」

「あの人物質界だといつも怒ってるみたいなイメージ持たれてるでしょう」

「まあ、そうですね。激情と憤怒のって言うくらいですし」

「それです」

「え?」

「それが逆なんです。魔神の真名の前に付く二つ名がその魔神の司るものを示していることまではご存知ですよね?」

「ええ、はい」

「で、物質界ではなぜか『司る』という言葉が『象徴する』みたいな意味で捉えられているようで、魔神は司る概念に支配されているかのようなイメージが持たれているみたいですけど、少なくとも魔界では違います」

「『つかさどる』は『掌る』とも書きまして、魔界では『掌握する』という意味を持ちます」

「つまりエンライカシュ様の場合、激情と憤怒という感情はエンライカシュ様『が』支配するものであって、エンライカシュ様『を』支配するものではありません」

「むしろエンライカシュ様個人の人柄でいえば、激情や憤怒とは最も遠い人といえます。魔界で最も温厚な人物というわけですね」

「これはなにもエンライカシュ様に限った話ではなく、どの魔神も自らが司る概念はその人の人柄から最も遠いものであることばかりです。そういった概念が二つ名に選ばれるわけですからこれは当然なんですが」

「司る概念が一般に悪いとされる感情や行動ばかりなのもそのせいですね。よほど人格ができていなければこの広い魔界を統治することなどできませんから」

「……では、彼女……ウィルナニーダさんの場合は」

「そうですね──人を裏切ったことなど一度もない、魔界で一番誠実とされる人です」

「なぜかナニ様のまわりでは裏切りが頻発するので、結果的に象徴しているといっても間違いではないんですけどね」

「ちょっと! 勇者くんに何吹き込んでるの! どうせまた私の悪口言ってるんでしょ!」

「大丈夫ですよナニ様、仮に悪口だとしても愛ゆえのものですから」

「悪口じゃん!! やっぱり悪口なんじゃん!!」

「……なるほど」

「どうです? なんだか好きになってきたでしょう?」

「……ええ、そうですね」

「もー!! 部下が寄ってたかっていじめるー!!」

「なんだか……裏切られた気分です」

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