Ⅶ
「結局、元を正せば父親を独り占めしたいと言うファザコンが原因なんだがな。親子以上の関係を持ったせいで、その気持ちも歪んだ方向に行ってしまったのかも知れないね……」
ロディはそう言って頭を抱える様な仕草を見せる。
頭の良いマリアが兄の残した暗号通りにあの場所へ向かった事は納得出来た。
そして執拗に一緒に寝ようとしたのは、その事実を自分に教えようとしたのだろうと言う事も。
ラップを使って暗号の意味を教える事を思い付いた時は、とても嬉しかったに違いない。そう言う顔をしていた。なのに、日付の謎が上手く伝わらなくて、マリアはまた犯行当日、現場にルースを連れていくしかなかった。
兄を止めて欲しかったのか、それとも解放されたかったのか。
あの冷たい何も映さない眸が何を意味していたのかは、ルースにも未だ分からなかった。
「ロディ、マリアはこれからどうなる?」
「まぁ彼は喋れないから証言能力はないし、彼自身まだ未成年だし責任能力もない。彼はもう戸籍上ユダの息子じゃないから、保護者がいなければ施設送りになるよ」
「施設か……」
「もし彼が変態に引き取られたら、また飼われる事もあるかも知れないねぇ」
ロディはそう言ってニヤニヤと笑う。
世の中には人間を家畜の様に鎖で繋いで飼殺す、クソみたいな人間がいる事位はルースも知っている。
「マリアを引き取るには、どうしたらいい?」
「ふふ、そう来なくっちゃね!」
「お前は一体この結末をどの辺りから想定していたんだ?」
「え……最初から、だけど? だって、君に彼を引き渡した時にはもう彼がジョウイチロウ・ユダの息子だって事は調べがついていたんだ。だから言ったじゃないか、一度拾った猫をもう一度捨てるなんて、ルースには無理だって」
そんな簡単に人身売買のリストが数日で転がり出るわけがないでしょ? とケラケラ笑うその顔が憎たらしくて仕方がない。
「お前、素性は分からんとか言ってただろうが! このクソ野郎が!」
「彼を見た時にね、あぁこれは神様がルースにくれた贈り物だなと、思ったんだよ」
「勝手に神の声とか聴いて来るな、面倒臭い!」
照れ隠しに悪態を吐いたルースだったが、ロディの言っている言葉の意味が自分を想っての事だと分かっていたから、それ以上は言わなかった。
ルースが大学で教鞭を取っていた頃、ルースには若い恋人がいた。
日本から留学して来た十八歳の青年で、マリアとは似ても似つかないほど貞操の硬い日本人らしい若者だった。
ようやく十九になろうかと言う頃、彼はくも膜下出血であっけなくこの世を去った。
唐突に倒れて、そのまま、神に縋る暇もない位呆気ない死だった。
医者なのに恋人の病気にすら気付いてやれず、ルースはその地にいる事すら辛くなって助教授の地位を捨ててこの街へと戻って来たのだ。
「君には慈しむものがあった方が良い。それからこれも兄の証言だけど――」
ロディは言いたい事だけ言い終わると、ソファから立ち上がる。
玄関まで見送ろうとルースも腰を上げると「あ」と思い出したロディが振り返る。
「な、何だ?」
「犯行の日時、あれね、被害者の右手が暗示してたみたいだよ」
「右手? 左手だけが暗号になっていたわけじゃないのか?」
「そう、こうやって右手の指が何本折れているか、で分かる様になってた」
「フレデリックの遺体は右手は握りしめられていたはずだぞ?」
「そう、だから指折り数えたら5って事でしょ? フレデリックの事件は1月5日だった」
じゃあね、とロディは片手を上げて去って行く。
あぁ、だからマリアは自分の指を折ったり広げたりしたのか、と今になって合点がいった。だがその後、舐められたのは何だったんだ? とまた困惑する。
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