Ⅵ
マリアがどんな風に扱われて来たのかを思えば、酷く大事に、真綿に包む様に、どんなものにも触れさせずに閉じ込めておきたくなる。
マリアにはその存在だけで人を淫欲に溺れさせるような匂いがあった。
ルースはそこまで考えて、それじゃあまるで監禁じゃないかと、自分の無意識下にある欲に驚き、項垂れる。
それから数日後の事だった。
寝ているマリアがベッドから突然起き出して、また家の外へと出て行く。
マリア、と声を掛けても聞こえていないのか、立ち止まりもせずにただ只管次の犯行現場と予測されている方へと向かって歩いていた。
ルースは尾行と言うには堂々と、ただマリアの後を少し離れてついて行く。
ここで無理にでも家に連れ帰る事は簡単だが、何故マリアがあの犯行現場へ行こうとするのかが謎のままだった。
警察は毎日あの現場を張り込んでいると言っていたので、今回犯行が行われたとしても犯人は現行犯逮捕されるだろう。
ただルースの中で、どうしてマリアがその犯行現場へ行こうとするのか、あそこまですんなりあの暗号を解いて見せただけの知能を持っていて、どうして今まで河川敷で男を客に取る様な生活をしていたのか、謎はまだ多いのだ。
犯行現場に辿り着いた時にはもう、捕り物の最中だった。
刑事が三人がかりで犯人らしき男を取り押さえ、被害者になる予定だった男は傍で腰を抜かしている様に見えた。
マリアはそこへ辿り着くと黙ってその様子を見て、静かに立ち竦んでいた。
「マリア?」
微動だにしないマリアの顔を覗き込んでルースは言葉を失った。
どんな熱も含まない冷たい眸を見開いたまま、ただ静かに泣いていたからだ。
「止めろっ! 離せっ! 俺に触るなぁああああっ!」
結局、現行犯で逮捕されたのはアガタ・ユダと言う日本人で、マリアの実兄に当たる男だった。
警察の調べでは幼い頃から父親に性的虐待を受けていたアガタは、実弟にそれを行う様になり、幼いマリアが導き出した数式がなければ、父は今の地位を獲得できなかっただろうと言う。
それから兄は性奴隷として玩具にされたが、弟であるマリアは頭脳として監禁される事になる。閉鎖的なユダ家の中では父親が兄を嬲り、兄が弟を嬲り、幼かったマリアに日常の躾も行わないただの飼い殺し状態だった。
その頭脳故に父に愛情を注いで貰える弟を妬んだ兄は弟を闇取引で売り払ったが、それが父親にバレて家を追い出される事になる。
「でも結局は弟が可愛くて、弟に関わろうとする男を殺していたって言う事か?」
「いやそれが、ちょっと違うんだよ、ルース」
「どう違うんだ?」
「本人の言葉を借りればだけど、弟がどん底まで堕ちて行く様を見ていたかった。だけど、父さんの名声を汚そうとするヤツは許せなかった、と言う事だ」
最初の犠牲者だったフレデリック・アルローは売人の用心棒としてマリアが乗せられた船に一緒に乗っていたらしく、少年愛甚だしかったフレデリックは売り物であるマリアに手を出した。
気持ちの良い事に素直すぎるマリアが、フレデリックを拒絶するなんて事はないだろう。
そもそも不特定多数の人間と性交すると言う事が悪い事だと認識していない。
アガタはその様子を助けもせずにずっと傍で見ておきながら、マリアと繋がっている性交の最中に背後から襲い掛かり、抵抗出来ないフレデリックを殺害したらしい。
第二の犠牲者であるロナルド・マクベスは嗜虐性のある性癖を持ったイカレタ数学者としてジョウイチロウ・ユダのスクープを追って、その息子であるマリアを獲得しようとしていた。
ロナルドはジョウイチロウの功績がマリアのものである事を白日の下に曝そうとしていたらしい。
兄は自分が全て話すとロナルドを呼出し、殺害。
被害者の掌に殺害の予告を残していたのは、父の名声を守る自分の姿を、自分の存在のせいで他人が死んでいく様を弟に見せたかったからだと、アガタは証言した。
歪んだ愛情を受けて育っていた兄は、酷い仕打ちを受けた父親の名声を守りたかったと言い、自分の所有物として汚して来た弟の荒んで行く様を見て、優越感に浸っていたと言うのだから、何とも後味の悪い事件だった。
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