第10話 宙と星と猫と。

 子供だけで過ごす夜は、変に長かったり短かったりした。

 「にぁお。にぁぁお」

 わりと近い外から、柔らかな猫の声が聞こえてくる。窓から外を眺めるも、猫の姿は見えなかった。


 高いところから見れば、その姿を見ることが出来るかもしれない。

 屋根裏部屋の小窓を開け、上半身を屋根の上へ乗り出してみる。壁も仕切りも無く、視界を遮るものがない空間が目に飛び込んできた。


 そこでまた変なことを思いついてしまった。

 ここで眠ったらどうだろう。

 子供心に、それはとても魅力的なことに思えてしまい、弟を呼んでみる。


 数分後には、わくわくしながら2人で布団を運んでいた。

 小窓から、なるだけ小さくした布団に毛布、それから枕を押し出していく。


 茶色いクマと白いウサギのぬいぐるみも連れて行くことにした。彼らは、いつも無造作に耳や尻尾をつかまれるので、よれよれして汚れていたし、少しほつれしまっていたけれど、大切な友達だった。

 布団を全部持ち出すのは大変だったので、1組分だけにしておく。


 小窓から身体を押し出し、勢いを付けて傾斜のある屋根に出た。後から続く弟の手を握り、ぐぅいと引っ張り上げる。

 布団を横向きにして枕を並べ、毛布を整えた。2人並んで仰向けになると、夜風に頬を撫でられる。


 目の前の夜空は、思っていたよりも遠くて近く、どこまでも広くて深かった。届くのは、漆黒の中にある星たちの光。


 そらが降ってくる。


 私たちは、ちっとも眠くならなかった。ぽつり、ぽつりと言葉を交わしながら、夜空、という空間に包まれる。

 息を吐く。

 息を吸う。

 空を見て呼吸をする。たったそれだけのことなのに、自分たちが、空の一部に溶け込んでしまったような不思議な気持ちだった。


 そう言えばあの時、猫の姿を見ることは出来なかった。と言うより、吸い込まれてしまいそうな夜空の美しさに夢中で、猫のことを忘れてしまった、と言う方が正しい。何かひとつ思いつくと、ひとつどこかに置いてきてしまう。


 あの頃は子供だったのだ。



 その後私は、家庭の事情で遠い親類に預けられ、弟と数年間離れて暮らすことになる。



 夜風と夜空と猫の声。

 あの宙は。あの宙は――とても大切だったように思う。

 


 

 




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