第9話 その雄叫びは空を突き抜ける。

 右手には竹の網を。

 左手には小さな拳。

 

 気分は、探検隊その1とその2だった。茶色い帽子を深めかぶるのは木に同化して見えるように。(つもりで実際には全然同化出来てない)

 黒っぽい上下の服にしたのは、自然の中で目立たないように(つもりで実際には不自然に目立ってしまっている)

 

 目指すのは木々の間にある原っぱで、勝負の目的は「どちらが大きいバッタを捕まえるか」


 最初だけは、共同戦線を張る。

 膝から太ももの半ばまで伸びた草の原っぱを、左右から挟むようにして立ち、お互いの合図で一気に走り出す。

 驚いた虫たちが飛び立つ様子に目をこらし「こっち」「そっち」「あっちに飛んだ!」弾む息の間に網を振りかぶる。速い。すれすれのところで網をかわし、飛距離を伸ばして飛んで行く後姿が遠くなる。


 空振りを繰り返す中、かろうじてキャッチ出来る瞬間もくる。どちらかの網に虫が入ったら一旦休戦だ。


「見せて」

「ふうん」


「見せてよ」

「ふーん」


 お互いに、そんなやり取りを何度かした後、弟の網に大物が入ったのが遠目にもわかった。駆け寄ると、弟が網を地面に押し付けるように降ろし、慎重に捕まえたところだった。

 立派な頭、しっかりした瞳、頑丈なアゴ、強靭なバネのような足、立派に伸びた外羽と内羽をもつバッタだった。


 私は見惚れた。なんて美しい姿なのだろう。


 弟はよほど嬉しかったのか、右手にバッタを持ち、左手で持った網を空に突き上げた。そのまま雄叫びを上げると、リズムを刻んで踊り出す。

 その踊りは、とても奇妙でへんてこりんで、実に馬鹿々々しい踊りだったのだけど、今までに見たものの中で最高に可笑しくて面白かった!


 私は、網をバトンのようにくるくる回し、弟の周りをジャンプしてそのへんてこな踊りを盛り上げる。可笑しくてたまらなかった。


 当のバッタからしたら「おい、おいおいおい!」と言う気分ではなかったかと、大人になった今は思う。あの時、あんなに盛り上がってしまったことを申し訳なく思った。ごめんね、バッタ。


 全ての虫たちにさよならをして、帰路についた私たちの細い手足には、草むらを走り回った時に鋭い葉で切れた傷が出来ていて、ひとつひとつがヒリヒリと痛んだのだけれど、それはそれで、何だか誇らしかったように思う。


 今でも、あのへんてこな踊りを思い出す。私には、その音も姿勢もリズムも決して真似することの出来ない踊り。今見ても、きっと笑ってしまうのではないかと思う。


 愛すべきバッタ。

 弟のセンス、笑。

 それはいつもいつも真剣勝負。





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