いきものがかり

糸乃 空

第1話 アリさんの引っ越し。

 神社の境内に立つ杉の木が、空に向かって真っすぐ伸びている。

 子供の頃、その大きな木に両腕を回して抱きついて、木の香りを感じるのが好きだった。少しひんやりとしていて、ざらついた木の皮の内側に流れる息遣い。そんな木々の間から、時折聞こえてくる小鳥のさえずりが優しかった。


 神社の建物の下に、とても綺麗な円をいくつも見付けた。さらさらの小砂で出来たそれは、そっと触れると簡単に崩れてしまうけれど、またいつの間にか元のように美しい円となっている。

 アリジゴクの巣だ。


 翌日、家から箱を持ってきた私は、ひとつひとつの円を両手ですくい、箱の中へ移す作業に没頭した。全部で20の美しい円。

 移動する時、それらは全て崩れてしまったけれど、持ち帰ってしばらくすると美しい円を形成してくれていた。

 こんなに綺麗なのに、名前にジゴクをつけるなんて、と、ちょっと思ったりする。


 その日から、小さな瓶を持って、毎日毎日アリさん探し。それはアリジゴクの食料を確保するため。そのうち、アリの巣ごと持ち帰ればいいではないか、と言うことを思いつき家から箱を持ってきた。

 シャベルを使って、広範囲の巣を掬い取り入れ持ち帰る。アリジゴクの箱と合わせ、お互いが自由に行き来出来る状態にして部屋に置いた。


 アリさん達は頑張って巣を整え、私が置いたご飯を巣穴に持ち運ぶ姿が見られるようになり、20の円は相変わらず美しく、毎日その箱を眺めて過ごす。

 その危うい均衡は、およそ2週間ほどで崩れることになる。


 ある日、廊下から聞こえた弟の叫び声に顔を出した。小さな手が指さす先を目にして思わず「あ!」っと声をあげる。

 アリさんが廊下の壁伝いに行列を作っている!

 部屋へ戻ると、箱の垂直な壁をのぼり廊下へと続く黒い列を確認出来た。ドキドキしながらその後を弟と一緒に追うと、列は角を曲がり、いくつかの段差や障害物を越え、その先頭は……光差す玄関へ。


 扉はきちんと閉まっている。先頭のアリさんはいったいどうするつもりなのかと息を詰めてみていると、普段気が付くことのなかった隙間から、難なくすり抜けて外へ出ていった。

 こうして、私の箱からアリさんの一家は引っ越しを終える。


 それは……そうだよねえ。

 アリさんからしたらたまったものではなかっただろうと、大人になった今は思う。あの時のアリさん達に申し訳ないことをしてしまったとも。



 最初に、引っ越しの決断をしたのはどんな役割のアリさんだったのか。

 何故、出口の玄関へと迷わず行けたのか。

 今も気になっていて不思議に思っている。

 


 そして、20の美しい円たちは、またもとの境内へ戻ることになった。

 大好きな杉の木が伸びる、あの場所へ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る