6.

 メールでは他愛ないことや弟さんの容態のこと、学校であったことの話が主だった。案外3年生は忙しいもので、夏休みには進路を決め、遅ればせながら受験勉強を始めた――水咲さんのように学校を休んでまで勉強に専念することはなかったが。

 紅葉が色づく秋はすぐにやってきた。3年生は任意参加となる文化祭と体育祭がこの時期にあるが、僕はどちらも行かなかった。学校行事以前にそもそも人込みは嫌いだ。受験をきっかけに始めた勉強もやってみると楽しいもので、気の向くままに学校の勉強や追加で買った参考書をこなしていったらいつの間にか木枯らしが吹いていた。12月の期末試験ではこれまで見たこともない高得点を次々に叩き出し、担任や親に心配される羽目になった。この頃から水咲さんのメールも数が減っていたが、忙しい時期だろうからとあまり気には留めなかった。年賀状代わりのメールには「卒業式は出席します。今年もよろしくね」と、事務連絡のような簡単な文章が記されていた。僕は「入試頑張って、水咲さんなら大丈夫。今年もよろしくね」と返した。ほかに何と言葉を書けたらいいか僕にはよく分からなかった。僕も受験勉強をしているとはいえ、志望校に決めたのは何か事故がない限り落ちたりはしないと分かっているところだ。狭き門をめぐる蹴落とし合いに身を投じる水咲さんに、ぬるま湯につかった僕がなにか口を挟めるとは思えなかった。

 結局1月と2月に水咲さんが学校に来ることはなく、センター試験で無事目標点を取れたとメールが来たきり僕の携帯も静かだった。僕は無事に東京の大学に合格し、一人暮らしの準備があらかた整った後はただただ家でだらけていた。実家でこうしてだらだらできるのもあと少しだと思うと妙な感慨がある。

 3月に入り、あっという間に卒業式当日を迎えてしまった。僕にはついに縁のなかった話だが、ホワイトデーが目前に迫った快晴の日だった。水咲さんは僕を見つけると走りより、「第1志望、受かったよ」と耳打ちする。おめでとう、と水咲さんの顔を見ると涙でくしゃくしゃ、手には駄菓子の入ったスーパーの袋を提げていて、その中のお菓子をひとつ僕にくれた。

「これね、たっくんが好きだったの。今朝、たっくんがね……」


 卒業生のうち、ただひとり水咲さんだけがみんなと違う理由で泣いていた。

 やがて卒業生入場のアナウンスが入り、少し落ち着いた水咲さんは笑顔を作って講堂に入っていった。

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