4.

「昨日来てくれてありがとう。緊張したけど、ほとんどミスせずに吹けてよかった」

 翌日登校してきた水咲さんは目を真っ赤に腫らしていた。

「もう引退なんだっけ」

「うん。やっぱ、1年から続けてると引退するの寂しいもんだね」

 そうこうしているうちに始業のチャイムが鳴る。最近水咲さんは授業中も受験勉強に専念するようになっていた。そして休み時間には今まで通り時々雑談をしたり音楽を聴いたり、それからたまに折り鶴を折っていたり。もともとほかの人と関わり合うことはあまりない水咲さんだったが、今まで以上に周囲の人間を遠ざけているような気さえした。

 その日の夕方、帰っていった水咲さんの机の上に1枚の写真が放置されていた。少年が、見慣れない制服姿でピースサインをしている。もう片方の手には黒い大きな楽器を持って、あふれんばかりの笑顔をカメラに向けていた。少年が吹くには大きすぎるその楽器はおそらくクラリネットだ。

 忘れものなら明日来たときに気づいて持って帰るだろうと判断し、僕は写真を机に置いてそのまま帰宅した。


 翌日。柄にもなく早めに登校したら、靴箱で水咲さんに会った。

「水咲さんおはよう。いつも今くらいに来るの」

「凛おはよう。うん、あたし家遠いから、間に合う電車が少なくて」

 水咲さんはいつも通り柔和な笑みを見せる。

「部活終わっちゃうとやっぱ寂しいね。また合奏したいな」

「大学にも吹奏楽はあるんじゃないの?サークルとか」

「それもそうか。でも中高ほどガチでやるかどうかわかんないじゃん?とりあえず楽しく吹きましょう、みたいなのなら嫌だなー、大学受かったら市吹入ろっかな……あっ」

 教室のドアのすぐ近くに僕たちの席がある。どうやら昨日忘れていった写真に気づいたらしく、水咲さんの表情が固まった。

「これ……見られちゃったかな」

 消え入りそうな声でそうつぶやいた水咲さんは、目線だけこちらに向ける。

「ごめん、見たらまずかったかな……届けるかどうか迷ったんだけど」

「ううん、いいの。詮索したりほかの人に言ったりしないでくれただけで十分だけど……凛には話してもいい、かな」

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