2.
にこやかで聞き上手な水咲さんと話し下手な僕との間には弾む話題もあまりなかったが、僕も水咲さんも会えば挨拶を交わし、思い出したようにたわいない話をするのがなんとなく自然になっていった。僕と水咲さんだけ時間の流れが違うような気さえして、そしてそれが僕には不思議と心地良かった。
お互いの共通点もよくわからないまま2か月が過ぎていった。このところ雨模様の湿気た天気が続いている。
水咲さんは休み時間によく音楽を聴いていた。時々気まぐれに雑談の相手をしてくれていたが、大半はCDプレーヤーで音楽を聴いていた。スマホやMP3プレーヤーじゃないところが水咲さんらしいというか、古風な人なのかなと思う。ただひとつ気になるのは、音楽を聴きながらふと悲しそうな表情をすることだ。
「何聴いてるの?」
今にも泣きそうな表情が気になり尋ねてみたら、クラリネットアンサンブル、と噛みしめるような声が返ってきた。
「クラリネット?水咲さんが吹いてるのってトロンボーンだよね」
「うん、でも本当はクラリネットがしたくて。一時期個人的に習ってたんだけど、管楽器ふたつは両立できなくて」
そう言うと、水咲さんはふと寂しそうな笑顔を見せた。でもイヤホンをつけた横顔と今の表情とが合致しない。曲を聴いているときの水咲さんはもっとつらそうな表情をしていた。
「水咲さん、クラリネット似合いそうだよね。トロンボーンって聞いて最初びっくりした」
あの悲しげな表情の理由は探ってはいけないんだろう。僕は精一杯話の方向を逸らした。
「ほんと?トロンボーン意外だね、まではわかるけど、フルート吹いてそうってよく言われる」
一瞬水咲さんの表情が綻ぶ。
「でもありがと、ちょっと嬉しかった。凛っておもしろいんだね」
続けてそう言うと水咲さんは軽やかに笑う。
「今月末の日曜に定期演奏会やるから、よかったら聴きに来て」
水咲さんに手渡されたのは可愛らしいデザインの入場券だった。近場のホールで毎年6月末に演奏会を開いているのは、おぼろげながら知っている。特に部員の友達もいないので行ったことはないけれど、今年で最後だし折角入場券ももらったし行ってみよう、そう思った。
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