水咲さん
紅音さくら
1.
小倉水咲さん。隣町に住む彼女とは中学から同じところに通っていたものの、高校3年生になった今年初めて同じクラスになった。
水に咲くと書いてミサキと読む名前の彼女は、いつもにこやかなのにどこか寂しそうな瞳をしている。これまで時々廊下ですれ違う程度だった人なので詳しいことはほぼ何も知らない。僕が彼女について知っていること――ひとつは部活動。彼女は吹奏楽部でトロンボーンを吹いている。あと成績は多分いい方。定期試験の成績上位者欄に名前が挙がっているのを見たことがある。進学校でもなんでもないこの高校にしては珍しく、第1志望は国立大の医学部らしい。
こんな彼女と、僕はこれから卒業まで隣の席に座ることになる。どういうわけかうちの高校では高校3年生の1年間、始業式から卒業まで一度も席替えしないらしいのだ。
「岡西凛さん、だよね」
始業式後のホームルームで、僕たちは新しい教室に初めて入る。名簿順で僕の隣の席についたのはセミロングの髪が綺麗な、やっぱりなんだか寂しそうな瞳の人だった。
「あたし小倉水咲。水咲でいいよ」
思っていたより軽いノリに、少し戸惑う。なんとなく抱いていた水咲さんのイメージと外見からは想像しがたい口調だったが、少し無理をして喋っているようにも見えた。きっと本来の水咲さんはあまり喋る方じゃないのだろう。
「あ……うん、よろしく、水咲さん。僕のことは凛でいいよ」
「うん、よろしくね、凛」
近くの席には知らない顔がそこそこいた。水咲さんに至っては席の近い人みんなが初めて同じクラスになる人らしく、一年生からずっと同じ高校なのに転校生のような雰囲気さえ漂わせている。
3年生最初の10分休憩は、自己紹介に毛が生えた程度の他愛のない話で終わった。僕たちと席の近い人たちはほとんどが去年同じクラスだったようで、すぐに二つのグループで固まってしまった。そのおかげで水咲さんと話が出来たので良かったといえば良かったが。
水咲さんは随分と聞き上手で、人の話を引き出すのが上手かった。そしてほとんど自分の話をしなかった。
「よく悩み相談とか、こんなの水咲にしか言えないけどって色々打ち明け話されるの。内緒にする身にもなってほしいよねー」
そう言って笑う水咲さんは、愚痴っぽく言いながらも色んな打ち明け話を聞くのを楽しんでいるんだろうなと思う。
「そういえば、水咲さんは兄弟とかいるの?」
何気ない質問のつもりだったが、一瞬水咲さんから笑顔が消えた。丁度2限目のチャイムが鳴ってこの話は立ち消えになり、僕は少し気まずい思いで次の授業の準備に取り掛かる。
結局次の休み時間に同じ質問を繰り返すことは出来なかった。
「ごめん、さっき変なこと訊いちゃったかな」
さっきの反応からして、相当まずいことを訊いてしまったようだ。
「こっちこそ急に固まっちゃってごめん。別に変なことでもないよね、家族の話って」
水咲さんは何でもなかったように振る舞い、無理に笑おうとしていた。
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