4.

「ゆうやお兄ちゃんへ

こんにちは。おべんきょうはすすんでいますか? ぼくは先しゅう、十二才になりました。入いんしてすぐのとき、十二才まで生きれたらすごいって言われていたので、たん生日をむかえられてとてもうれしいです。ゆうやお兄ちゃんがお医者さんになるってかいてくれてとてもうれしかった! ゆうやお兄ちゃんがお医者さんになれるまで、治りょうがんばるよ! ゆうやお兄ちゃんも早くお医者さんになってね。

このまえ、大きい手じゅつをうけました。手じゅつをしてからは、赤いおくすりの点てきをしなくてもよくなりました。今は、いたくない治りょうをしています。手がうごかしにくくなったので、字がきたなくなってしまうけれど、これからもお手紙をかきたいです。ゆうやお兄ちゃんのお返じ待っています。」

 線の揺らぎが前回の比ではない――これだけの文面を読み解くのに一時間かかった。急いで便箋を取り出し、返事が遅れた事への詫びと誕生祝いのメッセージまでは書いたものの、そこではたと手が止まった。その先に書く言葉が見当たらない。何を書いても薄っぺらくなりそうで、俺は語彙力の無さを心の底から呪った。もともと国語は得意だし、今まで人より沢山本を読んできた自信はある。この夏で国語の勉強だって沢山した。語彙力だってずっとずっと向上したはずだ。それなのに、肝心なときにかける言葉が何一つ浮かばない。結局似たり寄ったりな文面しか書けないままペンを置き、過去問集を開いた。

 紅葉が風に吹かれてどこへともなく飛んでいった。枝に付いた葉も、もう残り少なくなっていた。


 涼しかった秋は一瞬で通りすぎていった。十一月の中旬ともなれば涼しいを通り越してうすら寒い日々が増える。もう冬なんだなぁ、なんて呑気に感慨にふけっている場合ではないが、あれから手紙が途絶えていることに一抹の不安を感じてはいた。

 センター試験の過去問集を引っ張り出す。そろそろ本格的にこれをこなす時期だ。これを見るのももう何度目かわからない。正直飽き飽きしているが、どういうわけか毎度毎度センター試験で失敗してきているのだ。やらないわけにはいかなかった。もうここまで来てしまえば年末年始もすぐそこだ。これまでは帰省とか言って正月を実家で過ごしていたが、今年は受かるまで実家に帰らないと決めた。きっと俺は、それくらいしないと医学部には手が届かない。もう後がないし、これ以上もたついている時間だって俺にはない。

 年始。コンビニに行くため外に出ると、ちょうど俺の郵便受けに何かが放り込まれるところだった。この時期のハガキ、ということはおそらく年賀状だ。今年アパートに唯一届いた年賀状は、無地のハガキに子供の文字がいっぱい敷き詰められたものだった。

「ゆうやお兄ちゃんへ

あけましておめでとうございます。今年もたくさんお手がみください。ぼくはさらい月に、たいいんすることになりました。今までおうえんしてくれてありがとう。たんじょう日のおいわいをかいてくれてありがとう。まだ手はうまくうごかないけれど、ぼくはとても元きになりました。もうすぐ、センターしけんという大きなテストがあるとおかあさんにききました。がんばってね。お兄ちゃんのこと応えんするよ。」

 文面は明るいものの、ハガキに綴られた字は文字を習いたての子供が書いたもののような歪さだ。本当に大丈夫なのか分からないが、本人が大丈夫というなら俺はそれを信じるしかない。

 返事の内容が思いつかない。時期が時期だから焦っているせいもあるだろうが、退院おめでとう、と書いた先に綴る言葉が浮かばない。命にかかわる病気と闘っている少年にかけてやれる言葉は、今回もやっぱり見つけられなかった。

 俺は一旦便箋を脇にやって、センター試験の過去問集に再び手を伸ばす。もう本番まで日にちがない。返事を出すのはセンター試験が終わってからにしよう、と自分に言い訳して、俺はその日一日がむしゃらに問題集をこなしていった。

 今の俺に出来ることは入試に有利な点をセンターで叩き出すことと医学部に受かること、これだけだ。

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