2.

最初の返事はすぐに来た。

「佐々木さん初めまして。お手紙ありがとうございます。東京まで風船が飛んだんですね、びっくりしました! ぼくの名前は小倉貴史といいます。十一才です。今は大きい病院に入院しています。佐々木さんは、どこかの学校に行っていますか? それともお仕事をしている人ですか?」

カードの主は予想通り年下だったが、十一歳という割に文面はしっかりしている。俺は訊かれたこと以外に書く内容が思いつかなかったので、簡単な自己紹介を書いて送った。自分の年齢と医学部の受験生であること、それくらいしか書いた記憶はない。

手紙を投函して十日後くらいに返事が来た。

「佐々木さんはお医者さんになるのがゆめなんですか? すごいです。お勉強がんばってください!佐々木さんがお医者さんになってぼくの病気をなおしてくれる日を楽しみにしています。ぼくは明日から赤いおくすりの点てきをします。ふく作用でかみの毛がぬけるけど、これで病気がよくなるってお医者さんが言っていたのでがんばります。またお返事ください。

追しん:佐々木さんのことをゆうやお兄ちゃんって呼んでもいいですか?」

医学部志望、なんて安易に書いたのが申し訳なく思えた。お兄ちゃん呼びは構わないが髪が抜ける薬って何だ? ――俺はとりあえず呼び方の件と、当たり障りなく「点滴辛いかもしれないけど頑張って」みたいな内容だけ書いた。それしか書けなかった。

それからも月に一回のペースで手紙が来たが、彼の体調がすぐれないのか親が代筆しているようだ。

「貴史とお友達になってくれてありがとうございます。貴方とお手紙をやり取りするようになってから、貴史が注射で泣くことが随分減りました。最近始まった点滴も、つらそうな顔こそしますが懸命に耐えています。予防接種ですら大泣きしていたあの子が、お友達ができたから頑張ると言うようになりました。本人は体調が戻ったらまた手紙を書きたいと言っております。またその時にはお返事をいただけたら嬉しいです」

代筆された手紙に記されているのは彼の近況が殆どで、彼の病名や詳しい病状について一切触れられることはなかった。

一方の俺は来た手紙に返事を書きつつ、一応受験生らしい生活を送っている。相変わらず理系科目の成績が悪く、担当講師にまた文転を勧められる。

「文系に行けば旧帝大なんて屁でもないのに」

この台詞を聞くのも何度目だろう。耳にタコができるくらいでは済まない。高校でも一年目に通っていた予備校でも、色々な先生にうんざりするほど言われた。文系に進む気は一切ないが、なぜ未だに医学部に固執しているのかと言われても後に引けなくなっているだけでこれといって明確な理由があるわけでもなかった。

たまに予備校仲間と遊びに行く以外同じスケジュールを繰り返す日々は退屈ながら早く過ぎるもので、彼の母親からの手紙を三通受け取る頃には梅雨が明けていた。

そんな折、二か月半ぶりに彼本人から手紙が来た。手紙は心なしか前より分厚い。

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