僕は、君の心臓を渡さない

ミヨボ

第1話


「お願いします、お願いします」

何度僕に頭を下げられたところで、僕の心は変わらない。

「持っていても仕方ないものを、どうして欲しがるものに渡さないんだ」

何度怒声を投げ掛けられても、僕の決意は揺らがない。


どうして人は花を育てるのだろうと、昔考えたことがある。


「その答えって出たの?」

「いいや、結局分からず仕舞いだったよ」

僕がそう答えると、彼女は小さく、楽しそうな声で笑った。肩を揺らして笑うものだから、掛けていた毛布が落ち、彼女の裸が露わになってしまう。

「風邪を引いてしまうよ」

背中をベッドに付けた僕は、その上に彼女を乗せた。その上に布団を掛けてやると、彼女は「暖かい」と満足そうに、僕の胸に頬を寄せる。柔らかい髪が僕の肌を撫でるので、どうにも擽ったい。

「私はその答え、わかるなぁ」

「本当かい」

「うん」

彼女は僕の左胸の音を聞きながら、小さく微笑んだ。

「花はね、生まれて初めて手にする命なのよ」

トクン、トクンと動く僕の鼓動を彼女は静かに聞いた。

「小学校の時、朝顔を育てるでしょう?初めて種を貰って、水を上げて、成長して、花を咲かせる。その時にね、これは命なんだって、大切なものなんだなぁって分かるの」

「花を命と思うかな」

「思うよ。成長していく姿を見て、愛おしいと思う。花を咲かせて、綺麗だと思う。枯れてしまうと悲しくて、それでも種を残すことに、子供でも神秘に感じることがある」

「……嗚呼、これは命なんだなって」

「だから護らないといけないって思うんじゃないかなぁ」

子供の頃に、初めて命と理解できるものが花だから、人は花を育てるんだと、僕の上で彼女は笑った。

「なんとなく、僕にも分かる」

この愛おしいものを、いつまでも護っていたくなるのだ。


「出来ません」

僕は、もう何十回と言った台詞を繰り返した。

「誰が、どう来られようと同じです。僕にはそれが出来ません」

泣き崩れたり、絶望の顔を見せたり、反応は十人十色だった。物を投げられたこともある。殴られ、蹴られもした。

「それでも僕は渡せません」

すみません。僕はそうしていつも土下座をする。

土下座は、心から謝罪をする時自然と行うものだと知った。

「頼む、お願いだ。娘を、娘を助けてくれ」

僕の土下座の前で、一人の男もまた土下座をした。

「それがあれば助かるんだ。その心臓があれば、娘は助かるんだ」

頼む、頼むと縋られ、僕は頭を後ろにあるものにぶつけた。

ベッドの上に横たわる、僕の愛おしい花に。

「その子は脳死なんだろう?もう死んでいるんだ、生き返りはしない。君の彼女はもう起きない。植物と同じなんだ」

「……花です」

「花?」

「綺麗で愛おしい、僕の花です」

どうして人は花を育てるのだろうと、昔考えたことがある。

花は感情もない、動くことも、鳴くこともしない。ただそこに在り続けるだけなのに。

それでも人は花を育てる。

「動かなくても、笑わなくても、起きなくても、僕にとっては命なんです」

花の命を護りたいと、そう思うから育てるのだ。

だから僕は花を育てる。

「他の誰がどうなろうと、僕は干渉しない」

僕が死んでも、君の心臓は渡せない。

僕は。


「僕は、君の心臓を渡さない」


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