セレーネの窮地 (2)
リーベル達は、血相を変えて血だらけの冒険者の方へと駆け寄る。
「大丈夫ですか!」
リーベルが、声をかけてもその者達からの返答は聞こえない。
何度呼びかけても結果は同じであった。
焦げ茶色の木造の床がみるみる血で赤く染まっていく。
相当な出血量である。
「ちょっと、皆さんどいて下さーい!」
すると、後ろの方から可愛らしい女の子の声が聞こえる。
血だらけの冒険者達を囲うように群がった人混みを掻き分けて、誰かがこちらに向かってくる。
「はぁはぁ。やっと着きました」
息を切らしながらやって来たのは、換金所の受付にいた兎人の女の子であった。
慌てて駆けつけて疲れているのか、花がしおれているかのように両耳が垂れ下がっている。そして、彼女は右手に赤い十字が真ん中に描かれた小箱を持っていた。おそらく救急箱であろう。
「冒険者さんは大丈夫何ですか?……って血だらけじゃないですか!」
彼女は、無惨な姿になっている冒険者達を見て、目を大きく見開いた。
その後、パニックに陥り、その者達の周りをグルグルと駆け回る。両耳をパタパタとはためかせながら。
「落ち着かんか、レヴィ」
すると、ガルフが頑丈な体で駆け回っている彼女、レヴィをせき止める。
「うわっ!すみません、ガルフさん」
「慌てるのも無理はない。まずは、こやつらを救護しないとな」
そう言うと、ガルフは、血だらけになった冒険者達の首筋に指を当て脈を確認し、今度は自分の耳をその者達の口元にあて息を確認した。
「どうやらこやつらは無事のようだ。脈もあるし、息も弱々しくはなっておるが、ちゃんとしておった。ここで応急処置をしてから、わしの酒場(バル)の2階の空き部屋に連れて行こう。レヴィ、その箱を貸してくれ」
「はい!わかりました……ってうわあああ」
レヴィは、持っていた箱をガルフに手渡す直前、慌てていたのか手を滑らししまい、床に落としてしまった。
箱から数種類の薬草や治癒ポーション、包帯などが派手に床に散らばる。
「何をやってるんだ」
「ううっ……ごめんなさい」
「慌てず、こういう時は冷静に対処するんだぞ」
そう言うと、ガルフは、涙目のレヴィに優しく微笑みかけ、レヴィの頭を軽く撫でた。
そして、ガルフは無残に床に落ちている薬草数種類と包帯を拾い上げると、頑丈な手で薬草をすり潰し始めた。
どうやら即興で傷薬を調合したようだ。
それから、ガルフは、手慣れた様子で、横たわっている冒険者の傷口に、先ほど調合した即興の傷薬をすりこんでいき、丁寧に包帯を傷口に巻き付けた。
すると、先ほどまで滝のようにあふれていた出血は数分で止まっていったのであった。
「すごいね、ガルフ!ただの酒好きのおじさんだと思っていたけど、まさかこんな特技があるなんて」
手慣れた様子で応急処置を行うガルフの姿に、リーベルは思わず目を丸くした。
普段のガルフは、酒場(バル)の店主でありながら、来店した冒険者たちと和気藹々と酒を酌み交わしていることが大半で、ほとんどの業務をリーベルの憧れの彼がやっている。
だから、こんなにも頼りがいのあるガルフをリーベルは今まで見た事ががなかったのである。
「まさかとは何だ、リーベル。長年、冒険者ギルドの横で酒場(バル)をやってるんだ。これぐらいは出来て当然だ!」
ガルフは、誇らしげな表情をリーベルに向けるが、リーベルは、もう興味がなくなったのか「そーなんだー」と棒読みでガルフに応え、横たわっている冒険者に視線を落としていた。
「おいおい、飽きるのが早いぞ。ちなみに言うとな、あのキッチンの坊主を助けたのも、この俺だったりするんだぜ」
すると、リーベルの体がピクッと反応し、先程とは真逆で、興味深々といった表情でガルフの元へ詰め寄った。
「ちょっと、それどういう事?詳しく聞かせてよ」
「おっ!さっきとは全然食いつきが違うじゃねえか」
「彼の話は……その……私にとって大切というか……」
「そうかそうか。あの坊主のことなら何でも知りたいんだな。青いね~、リーベルちゃんは」
「からかわないでよ!いいから早く教えて」
「はいはい。実はな……」
ガルフが話を始めた途端、横から大きな咳払いが一つ聞こえ、ガルフの話を遮った。
その咳払いの声の主は、リーベルの側近のエステリアであった。
彼女は、怪訝な表情で2人を見つめている。
「そんな話よりも、まずは冒険者の救護が優先ではないでしょうか、ガルフ殿」
「おおッ。これは、すまないエステリア。俺は、この冒険者を2階まで運ぶから、エステリアはそっちの冒険者を頼めるか」
「承知した」
「それとレヴィは、急いで医者を連れてきてくれんか」
「はい、わかりました!」
ガルフの指示の元、レヴィは医者を呼びに行くため、急ぎ足で冒険者ギルドを出ていった。
一方の、ガルフとエステリアは、それぞれ冒険者を担ぎあげ、、酒場(バル)の2階へと向かっていったのであった。
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